親でも自分の人生を大切にして生きていきたい

 “私と尚くんが目指していたもの、それは、尚くんが尚くんらしく生きていくこと、同時に私は私の人生を諦めず、少しでも私らしく生きていくことだった。”(『あなたは、わが子の死を願ったことがありますか? 2年3カ月を駆け抜けた重い障がいをもつ子との日々』156ページより)

── そうは言っても、障がいのある子とそのきょうだいの子育てをこなしていくのは、想像を超える大変さではないのでしょうか。

佐々 そうですね。今の福祉支援制度のもう一つの欠陥は、障がいのある本人に対する支援しかないことです。きょうだいへの支援とか、家族への支援そのものがないんです。尚くんは文字通り24時間苦しくて泣いているのですが、抱っこしていると少しラクになることもあるようで、私が抱っこしていることが大事な時期がありました。

 でもそうすると、家のことが何もできなくなってしまう。そんなときに、家事を手伝ってくれたり、お姉ちゃんを公園に連れ出してもらえたら、どんなに助かったか分かりません。でも、私の住んでいる地域では、家事支援は障がいのある子どもが18歳以上でないとできません。まして、きょうだいの相手をすることなど問題外です。福祉サービスは柔軟性に欠けます。

── そういう支援なら、特別な資格がなくてもできますね。

佐々 本当にちょっとしたことがすごく助かるんです。「何でも言って」「何でもやるから」って本当にたくさんの人が声をかけてくれました。でも「何でも」と言われると、実際に何を頼めるのかが分からない。ですから、「買い物ならできるから」とか「何時から何時までの間なら大丈夫」とか「上の子を何曜日なら見ていられる」と具体的に言ってもらえると、実際に頼れるようになります

── なるほど。助けたいという善意を持っていてもどうしたらいいか分からない人が大半だと思うので、そういった具体的な提案にするといいんですね。

佐々 子育てを経験した人なら、こういうことやってもらうと助かったなっていうちょっとしたことがあると思うんです、それでいいんです。「そんなことでいいの?」って逆に言われちゃうようなことが、本当に助かるんです。

── 尚くんが亡くなって半年ほどで、「NAOのたまご」を設立しましたね。

佐々 「NAOのたまご」を通じて目指しているのは「障がいがあっても、家族みんながそれぞれ望む自分の人生を大切にして、地域の中で生活したい!」ということです。子どもの人生を大切にすることはもちろんですが、親も子どもの介護だけを生きがいとするのではなく、自分の人生を大切にして生きていける世の中になってほしいと思います。

 私自身、尚くんのケアが必要でしたから、職場復帰は果たせませんでした。それでも、仕事でなくても社会とつながっている何かを少しでもしたいなという気持ちは失わないようにしていました。私、将来、子どもを恨みたくなかったんです。自分の子どもに自分の人生を捧げてしまったら、私は自分の性格的に「あの子がいなければ……」と思ってしまうだろうと分かっていたので。だから、尚くんとの生活を大事にしながらも、何か社会と関わることができる環境を少しずつつくりたいと考えていました。

尚武くんが2歳1か月のとき。きょうだい3人が寝転がってニッコリ
尚武くんが2歳1か月のとき。きょうだい3人が寝転がってニッコリ