この子が生きていてどんな意味があるんだろう

 “私は尚くんを愛したい、生まれてきて良かったと思って生きていきたい。そのためには、どうするのがベストなのか。(中略)自分が、尚くんがいなければ……と心の片隅で思ってしまうことが苦痛だった。母親失格という思いが辛かった。まだ、受け止められていない。いつか、神様からのギフトだと思える日が本当にくるのか……。”(『あなたは、わが子の死を願ったことがありますか?』20~21ページより)

── 著書には、尚くんの障がいをなかなか受け入れることができないご自身の葛藤も含め、とても率直に、しかも現在進行形で書かれています。

佐々 そうやって書き留めることが、当時の私にとって唯一の支えだったんです。「尚くんが1歳になるときまでには本を出そう。そのときまでに『ああ、この子が生まれて良かった』と心から思っていたい」と願っていたのです。そうやって書くことが、私自身の気持ちの整理にもつながっていたんだと思います。そうでなければ、ただ悲嘆にくれて、つらいだけの日々だったと思うんです。

 今は、どうやって尚くんのような子どもと家族がそれぞれの人生を捨てることなく生きていけるのか、それを考えることに全力を注いでいます。でもそう思えるようになるまでに自分がどんなことを考えていたか、隠した状態で何かを変える提案をするなんて、おこがましい。全部をさらけ出すからこそできることがあると思うんです。

 私は、自分の子どもに「いなくなってほしい」と思ったし、こんな子が生きていてどんな意味があるんだろうって思ったんですよね。思わないでいられたら本当に幸せだなと思いつつも。それが大半の人の正直な心情なんじゃないかなとも思います。でもそんなふうに思っていたらつら過ぎて生きていけないから、生まれてきたことに意味を見いだそうとか、どうしたらこの子の人生が意味のあるものになるのかなと必死で考える。そう考えられるようになることに本当の価値があって、そこに至るまでが生きる意味だったり生きる価値だったりするのかなと思っています

 今の私は、「いらない命なんてない」と、本当に心の底から思います。でも、そう思えるようになるまでの道のりは、本当につらかった。たくさんの気持ちとの葛藤だった。色々な感情と闘ってようやくたどり着いたところなんです。

 悲劇的なニュースがあるたびに、「いらない命なんてない」とか「生きる意味のない人なんていない」とコメントする人が必ずいます。でも軽々しく口にしないでほしい。本当に深く関わってから、口にしてほしい一言です。


緊張が強く、全身筋肉ムキムキ。腹筋も割れている