国内外で活躍するピアニスト、辻井伸行さんを育てた母のいつ子さんは、おおらかなポジティブ思考で、生まれつき目の見えない伸行さんを見守り、音楽の才能をのびのびと花開かせました。インタビュー上編に続き、下編では親の背中を見せるしつけのエピソードや、周りとの比較ではなく「根拠のない自信」で子どもを信じることの大切さについて伺いました。

【インタビュー上編】
辻井伸行の母 大の泣き虫がピアノでは泣かなかった

辻井いつ子
1960年、東京生まれ。東京女学館短期大学卒業後、フリーアナウンサーとして活躍。86年に結婚、88年に長男・伸行さんを出産する。生後まもなく全盲と分かった伸行さんが生後8カ月のときに音楽の才能を見つけ、以来二人三脚でピアニストへの道をサポート。現在は自身の子育て経験をもとに講演活動を行う一方、2015年4月からTBSラジオ『ミキハウスpresents 辻井いつ子の今日の風、なに色?』でパーソナリティーも務める。2016年7月に伸行さんのピアノ演奏にエッセーを添えた『今日の風、なに色? CDブック』(アスコム)を発売。

言ったことは割とその通りになるから、口に出したほうがいい

日経DUAL編集部 今のように伸行さんがピアニストとして活躍する姿は想像していましたか。

辻井いつ子さん(以下、敬称略) 教育方針の話になりますが、夫は常々「親は先にいなくなるんだから、伸行が仕事を持って生きていくための手助けをするのが自分達の役割だ」と言っていました。ピアニストなんて雲をつかむようなことではなく、学校の勉強をきっちりして、なにか資格や技術を身に付けるのが一番の近道じゃないのかと。それは私にもよく分かりましたし、今の彼の活躍みたいなものまではまったく想像できてはいませんでした。

 でも一方で、「ピアニストになれたらいいよね」といつも思っていました。絶対になれるとは思わないけれど、もしなれたらすごく幸せだろうなって。「優勝は……ジャジャ~ン、辻井伸行くんです!」なんてごっこ遊びみたいなことを、よく母子でしていたんですよ。

 伸行も言っていたんですが、「望んだり、言ったりしたことは割とその通りになる。だから口に出して言ったほうがいいんだよね」と。なりたい自分とか、なりたい子どもの将来を心に思い描くのは、悪いことじゃないと思います。ちなみに夫も最近は「なんだかすごくなってきたな」って評価しています(笑)。

 あとは、少し離れたところで待ちながら見守ることも大事じゃないでしょうか。知人の話ですが、子どもがギターをやりたいというので、よかれと思ってすごく有名な先生を探してきたそうです。でもとてもしんどくて結局やめてしまった。親心としては分かりますが、あまり先を急ぎすぎてはいけないというのはありますよね。