目が見えなくても花の香りを楽しめる


動物に触れている伸行です。できる限りいろいろなものを実際に触って、自分なりに何かを感じてほしかったのです(『今日の風、なに色?』9ページより抜粋)

―― 期待が大きいと、その分失望も大きくなるのですね。自分の思い描く通りに行くことなどまずないのが子育てだと思いますが、思い通りにならない中で、いつ子さんにはどんな気づきがありましたか?

辻井 伸行が生まれつき目が見えないことが分かり、最初は大きな不安を抱えてのスタートでした。当時はほとんど情報がない時代でしたから、自分で色んな本を読んだり話を聞いたりして、本当にすべてが手探りだったのですが、ある方との出会いが私の思い込みをくつがえしてくれたことがありました。

 たまたま手に取り、とても心に響いたのが、福澤美和さんという方が書かれた『フロックスはわたしの目』というエッセー。講演活動をしながら、盲導犬と一緒に歌舞伎を楽しんだり旅に出たりという、福澤さんの日々の暮らしのことが書かれていました。それが非常に明るいタッチで、「ああ、視覚障害だからってそんなにつらいことばかりじゃないんだな」と気づかせてくれたんです。どうしてもお会いしたくて、本を読んで元気になったお礼の気持ちをカセットテープに録音して出版社に送りました。そこから福澤さんにテープが渡り、直接お会いすることができました。

 「とにかくどうやって育てたらいいか見当もつかない」と私が言うと、福澤さんは「健常児のお子さんと一緒でいいと思うわよ」ということをおっしゃいました。「視覚障害があるからこうじゃなきゃとか、見えないからこんな所に行っても楽しくないんじゃないかとか、そういうことは一切思わないほうがいい」と。

 それまでは、例えばお花見に一緒に行っても、「周りの人がみんなきれいだって言っていたら、伸行はどんなふうに感じるだろう」って、ネガティブに考えがちだったんです。でも福澤さんは「花は香りを楽しむことも触って感じることもできる。そういうことを共有していけば、必ずまっすぐに育つと思いますよ」とおっしゃってくださって。「そうか、お花見や花火、美術館に行ってもいいんだ。私が説明できるものは説明して、触れるものは触って、そうやって少しでも感じていくことが大事なんだ」と気がついたんです。

―― 福澤さんとの出会いで、いつ子さんの世界も伸行さんの世界も大きく広がったんですね。

辻井 はい、伸行と一緒に様々なことを楽しもうという気持ちが生まれました。福澤さんはとても凛とした方でして、初めてお会いして食事をしたとき、料理を持ってきたウエーターに「私はちょっと目が不自由だから、お肉を切ってください」と伝え、その頼み方もすごくスマートなんです。目が見えないということを卑下しているわけでなく、堂々とおっしゃっているのがすてきで、伸行もこんなふうになってくれたらと思いました。