『魔女の宅急便』の作者、角野栄子さんに伺う「先輩デュアラーの魔法の言葉」。角野さんインタビューの最終回は、最愛の一人娘、リオさんをはじめとするご家族のお話です。作家として羽ばたいていく「お母さん」や「妻」を、ご家族はどんな言葉で支えてきたのでしょうか? 角野さんのどこまでも自由で伸びやかな人生に触れます。

『魔女の宅急便』は12歳の娘の絵から生まれた

『魔女の宅急便』の生みの親、児童文学作家・角野栄子さん
『魔女の宅急便』の生みの親、児童文学作家・角野栄子さん

日経DUAL編集部 角野さんの代表作『魔女の宅急便』は、お嬢さんのリオさんが描いた絵が創作のきっかけになったと聞きました。

角野さん(以下、敬称略) そうです。彼女が12歳のときに魔女の絵を描いたんですね。たくさんの魔女が描かれていて、その中の一人の魔女のほうきからラジオがぶら下がっていて、そこから音符が溢れていたの。それを見て、「あ、いいな」って。娘と同じ12歳くらいの魔女を主人公にしたら面白そうだなと思って、キキの物語を書くことにしました。

 もう一つ『魔女の宅急便』を出す前から、「小さなおばけシリーズ」というのを出し続けているんだけれど、それも娘の言葉がちょっと関係していますね。

小さかった娘のお話を思い出して、主人公の名前に

角野 娘が2~3歳のころ、いつもこんなお話を作っていたんです。

 「あっちに行ってね、こっちに行ってね、そっちに行ってね、踏切を渡ったところにカエルさんのおうちがありました。カエルさんのお家には、白いタイルのお風呂がありました。カエルさんがお風呂に入ると、カエルさんは白くなりました」

 当時、わが家には白いタイルのお風呂があったんです。デザイナーの夫が仕事で使う色見本を娘が見て「色ってこんなにあるの」と驚いてね。今度は「カエルさんはみかんジュースを飲んで、みかん色になりました」と、次々色を変えてお話を作り始めて。もう1日に何回も、何回も! 聞いているこちらは、「またかー」……って感じでしたけど(笑)。

―― とても子どもらしい、かわいいお話ですね。何度も同じ言葉を繰り返していたんですね。「あっちに行って、こっちに行って」って。

角野 後から思えば、物語にはそれが必要だったのね。あっちに行ってこっちに行って、というのがね。カエルの色が変わるって、それだけで不思議ではないですか。でも、人っていきなり不思議の世界、ファンタジーには行けないんですよ。目に見える世界から、目に見えない世界に行くのは、心の動きが必要になってくる。だからあり得ないことを、あり得るようにするためにある程度、あっちに行ったりこっちに行ったりしないといけなかったんだと思う。物語ってそういうものなんですよね。

 娘が話してたときは、そんなこと考えていなかったけど。そのときは私はまだ物を書く人ではなかったから。「いつも踏切を越えて帰ってくるなら、あっちに行ったりこっちに行ったりしなくてもいいんじゃないの?」って思ってた(笑)。

 でもずっと後になってね、「あの子が言ってた、あの言葉を主人公の名前にしようかな」って思ったんです。それでおばけのシリーズを書くときに、3人のおばけの名前を「アッチ」「コッチ」「ソッチ」にしたの。

―― どちらの代表作も、まさにお嬢さんあっての作品だったということですね。

角野 そんなこと言うと威張られちゃうけどね……。