―― がまんしているお母さんほど、ある時点で閾値を超えてしまって、誰にも止められなくなるということがあるのかもしれませんね。

椰月 まさか殺す気なんてなくて、たとえカッとなったとしても手加減はしているはずだったと思います。でも、自分で書いていても怖いと思いました。

―― 逆に言うと、うっかり殺せるくらいの無力な相手と、私達はものすごい量のエネルギーで日々向き合っているということでもあります。しかも、精神力も体力も対等じゃないから、押さえどころ、打ちどころによってはあっけなく動かなくなってしまう。殺してしまったお母さんの手記が、もう本当に悲しくて。「もう一度、会いたい、会いたい、会いたい」と繰り返されます。

椰月 私もそのラストの場面は、泣きながら書きました。母も子も本当にかわいそうで。冒頭もそうですが、そこだけ読めば「なんてひどい親」って思うかもしれないけれど、この手紙を読めば「お母さんの気持ちが痛いくらい分かる」と思ってくれる方も多いのではないでしょうか。

女は強い。次の一歩を見つける

―― 椰月さんは、ここに登場するそれぞれのお母さん達の状況や選択、行動をどう思われますか?

椰月 何度も言いますが、暴力を肯定する気持ちはないんです。でも、仕方がないと思うところはすごくあります。誰も協力してくれないという状況であれば、なお。だからこそ、一緒にいる男親がしっかりしてほしい、と思うんです。

―― 子育て中のお母さんは本書を読んで救われると思いますよ。

椰月 書き終わって発見したのが「男がしっかりしてほしい」ということ。もう一つ分かったのは「女は強いな」ということなんです。3人はそれぞれまた自分の道を見つけます。離婚した人もいれば、夫を見限って別のところに救いを見つけた人もいる。一人でキャリアアップに挑戦する人もいる。精神的に男性に頼らずに、新しく前向きな道を歩んでいきます。

―― 確かに!全員、それぞれが人生の一歩を踏み出している。 椰月さんが100%お母さんの味方だと分かって安心しました。

椰月 もちろんです。子育て中のお母さんに読んでもらいたいと思って書きました。と同時にぜひ男性にも読んでいただきたいと思います。読んでくださった方が、「男が悪いんだ」という結論に達するかどうかは分かりませんが(苦笑)。

 この小説を書きあげて、私個人が強く思ったのは、「やっぱり私は子ども達が大好き」ということ。子どもというものは、どんな状態でも親にとってかわいいものなんだと心から実感したんです。

―― 今日は他人には言えないことばかり語り合えて濃厚な時間でした(笑)。ありがとうございました。

【取材のあとに……】「あ、私、この子を叩いてしまいそう!」と思ったときにグッとこらえる秘訣を対談に参加した3人の母親に聞きました。

椰月 最近、叱って叩こうとした瞬間にピキッと手の指の関節が痛くなるようになったんです。これは「ご先祖様の思し召しか!」と思ったり(笑)。なので、少し叩く頻度が減ってきました。

羽生 大声で「白熱子育て」をするのは別に悪いことではないと思っていましたが、例の児相事件後、保育園の先生に「集合住宅でやるのはやめてください、それじゃぁ児相も来ざるを得ませんし住民は嫌な気分になります」と冷静に言われまして。叩かなければいいと思っていたので、目が覚めました。さすがに以降、夫や子ども達に怒鳴っていません。周囲の気分を考えられる大人になりました。

日経DUAL編集部・O 以前は叱るときに手を上げることもありましたが、『長くつ下のピッピ』の作家として有名なスウェーデンの児童文学作家、アストリッド・リンドグレーンさんの『Never Violence!』(和書『暴力は絶対だめ!』岩波書店)を読んでなぜ体罰がいけないかが腑に落ちました。ピッピのイラストが付いた腕時計を購入し、「この時計を着けているときは絶対子どもを叩かない」と決めたのが2年前。それから一度も子ども達に手を上げていません。

* 次回からは「子どもを叩かない、ならどうすればいいか?」、母親座談会「何度言っても聞かない。ついカーッと」 、「夫のその行為はDV」、「DV家庭で育つと子どももDV加害者になる?」など、虐待やDVに関する具体的なノウハウ情報をお伝えします。

(ライター/玉居子泰子、撮影/鈴木愛子)