「子育てが大変じゃないお母さんがいたら連れて来い」

―― 娘が小学校に入学したてのころ。何度注意しても忘れ物をしてばかりだったので、そのことを叱っていたらエスカレートしてしまいました。すると夫が「べつに忘れ物をしたって死ぬわけじゃないし」というような軽口を言って娘とふざけあったんですね。その瞬間にプチっと切れました(苦笑)。「じゃあ、この子に忘れ物をしないことの大切さを教える人間はどこにいる?それは私かあなたしかいないのよこの世界で!なのにいつも子育ての真剣な場面から逃げているのはお前だ!」などと大声で怒鳴り続けてしまって。私、もともと声が大きめなんですけど(笑)。今思えば、些細な口答えですよね……。でも、忘れ物程度で必死になって娘と向き合うのは、私しかいないと真剣でした。

 するとですね、次の晩にピーンポーンと、二人組の児相の方がいらして。玄関先でいきなり、下の子のほうを見て「僕、かわいいね。服を脱いでクルッと回って!」と言われました。すぐに、アッわたし虐待を疑われている、怪我がないかチェックされている、と気がつきました。それはとてもショックで、怒りを通り越して悲しかった。こんなに愛して一生懸命育てているのにって。

椰月 それは大変でしたね……。

―― そのとき、虐待というものが初めて自分の人生に入り込んできました。だからこの本も、やっぱり他人事に思えなくて。でも、児相の人が来たときに、本当に腹が立ったことは「怪我チェック」じゃないんです。玄関先で、「お母さん、子育て大変ですか~?」っておもねるように質問されたこと。私はつい「子育てが大変じゃないお母さんがいたら、明日ここに連れてきてください、話を聞いて勉強しますから!」ってまたもや大きな声で言ってしまいました(笑)。きっと私、地域の虐待ブラックリストに載っちゃったんじゃないでしょうか。でも、大変じゃない子育てなんてあるわけがないでしょう?

椰月 うんうん、分かります。子育ては大変って決まってるのに。私も子どもの3歳児健診のときに、「子育ては楽しいですか?」「子どもはかわいいですか?」という質問が並んでいるアンケートで、全部「普通」にマルをして提出したら呼び出されました(笑)。「普通なんですか? 楽しくないんですか? かわいくないんですか?」って。でも、実際大変だし、すごく楽しいか楽しくないか普通か、だったら「普通」ですよね?(笑)

がまんしてるお母さんほど、あるとき誰にも止められなくなる

―― 小説では、ある家族のシーンで、子どもが母親の暴力によって命を失います。最初は夫婦喧嘩だったのが、夫に押されたことで「わたし」がバランスを崩し、テーブルにぶつかる。その勢いで味噌汁のワカメを頭からかぶってしまう。それを見た子どもがその姿を見て笑う……。冷静に見ればコミカルな場面なのですが、この子どもの笑いが夫婦喧嘩中の「わたし」の怒りの炎に油を注いでしまう。深刻なシーンの引き金になるんですよね。

椰月 あのシーンは切ないですね。息子を殺してしまった母親が、手紙で告白するというシーンです。あのお母さんはすごくがまんして、子育てや家事を一手に引き受けてやっていた。そして、「もうがまんできない」という域に一瞬達してしまったんだと思います。