すごく頭にきて、すごくかわいい。

「死ぬほど息子を愛している3人のお母さんたちが次はどうなるかと、目が離せませんでした」(羽生)
「死ぬほど息子を愛している3人のお母さんたちが次はどうなるかと、目が離せませんでした」(羽生)

―― 一方で、この小説には、母親の子どもへの深い愛情表現が何度も書かれているのが好きで、読んでいて勇気づけられました。例えば、専業主婦のあすみが「ランドセルがまだ大きくて、その小さな後ろ姿を見るだけで涙が出そう」ということを言うところがあります。

 客観的に見れば、息子が小学3年生にもなっているのに後ろ姿を見るだけで涙が出そうって、「ちょっとおかしいんじゃないの?」ってくらいの溺愛ぶりですよね(笑)。でも、本人にとっては息子は掛け値なしの愛の対象。それはすべての母親にある心ではないかと。

椰月 そういう愛にあふれた瞬間も、子育てをしているとやっぱり日常的にありますよね。子育てって本当に極端な毎日だと思います。すごく頭にきて、「もうぶん殴りたい!」と思ってしまうこともあるし、「ああ、なんてかわいいんだろう」と思うときもある。その振り幅が大きい毎日が日常なんですよね。でも両方に共通して横たわっているのが、子どもへの愛情だと思うんです。

―― 「子どもがもう死ぬほどかわいい」という思いと、「憎らしい」という思い。この2つを秒単位で行き来する。子育てってそういう感覚ですよね。本書に登場する3人の母親達はみんなそれぞれ立場は違えど、死ぬほど息子のことを愛しているという点においては共通しています。

椰月 手を上げてしまうシーンも書かれていますが、それよりもこの小説で書きたかったのは、「母親が子どもに対して愛情を持っている」ということ。たとえ感情的になって手を上げることがあったとしても、子どもが大好きだという気持ちを丁寧に描きたいと思っていました。

「虐待は悪」というスローガンが息苦しかった

―― そもそも椰月さんが「虐待」をテーマにした作品を書こうと思われたきっかけは何だったんですか?

椰月 世の中には「子どもに絶対に手を上げてはいけない」という風潮がありますよね。もちろんそれはその通りで、暴力を肯定するつもりは全くありません。

 でも、自分が子育てをしていて、留美子のところの息子2人みたいに、何一つ言うことを聞かない、朝から晩まで本当に些細なことで激しいきょうだい喧嘩をしてどちらかがケガをするまでやめないとか、そういうことがあって。そういうときに、もちろん親のほうも感情的になることもあるんですね。

 「虐待は絶対悪」というのはもちろん正しいんですけれど、それを言われ続けるだけでは、どうしようもできない状態が確かにある。私はそのことがとても息苦しいな、と感じて。それで虐待をテーマに書いてみようと思い、1年くらい前から書き始めました。