「子どもは親といるのがいい。でも、働く親の気持ちも分かる。だから、保育園を運営することはジレンマなんです」と話す、熱い思いを抱えた住職園長のいる仏教系の保育園。子どもはみな“ほとけの子”と、地域と一緒になって子ども達をあたたかく見守る保育園が、今伝えたい感謝の心とは?

保育園なんてなくなればいい!?

 「保育園に預けられたおかげで、私は本当に楽をさせてもらえました!」

 その言葉を聞いて、言葉にならないほどの衝撃を受けたという園長の戸田了達先生。卒園児の保護者に久しぶりに会ったときに言われた一言だったという。

 その親は、感謝の気持ちを込めて言ったのかもしれない。それでも、保育園のあり方に悩んでいた戸田園長にとって、この一言は今後の保育園づくりをしていくうえでの大きな転機になったという。

 「誤解を招くかもしれない覚悟で、あえて言わせてもらうと、僕自身は保育園なんてなくなればいいと思っています。子どもにとって一番の幸せは、やはり、親が一緒にいてくれること。子どもと一緒にいる時間は『量より質』だという人もいますが、僕はこれまで多くの子ども達と接してきて、幼い子ども達が必要としているのはやはり、『質より量』だと考えています」と話す戸田園長。

 東京ドーム1個分という区内でも最も広い敷地を持つ「妙福寺保育園」は、東京・練馬区の認可園だ。平安時代から続く由緒正しい「妙福寺」の一部を開放し、地域の人達のためにと保育園を始めたのは昭和30年。商店や農業を営む地元の人たちの力になりたいと、子どもを預かり始め、現在の戸田園長で3代目になる。

 地域と一体となって共働き世帯の子育てを60年にわたり支えてきた中で、延長保育や色んなサポートを手厚くするほど、子どもは親といる時間が減ってしまうのではないか―。保育園が頑張るほどに、子どもが不幸になるのではというジレンマを抱えているという戸田園長。

 戸田園長は、このジレンマを毎年入園式でストレートに保護者に語る。園の方針を知らずに入園する保護者の中には、突然の言葉に憮然とする人もいるそうだが、それでも、通ううちに手厚いサポート体制から園長の真意が理解され、この園の第三者評価による満足度は例年90%以上という極めて高い評価となっている。

食事の前には“のの様”(仏様)に感謝の言葉をみんなで唱える
食事の前には“のの様”(仏様)に感謝の言葉をみんなで唱える

 「保育園があるのは、お母さん、お父さんのためではありません。保育園は、親が保育できないから子どもを預かるのです。『子どもは預かるから、どうぞ心置きなく働いてください』という親へのリップサービスやセールスが世の中に氾濫していますが、園の基本姿勢としては、やはり子どものことを最優先に考えるべきだと思うんです。事情さえ許せば、親が一時期でも仕事を辞めて、子どもといてくれるのが私の本当の願いです」

 園長の言葉は、ただ親につらく当たっているわけではない。なぜなら、第三者評価による満足度の高さからもうかがえるように、この保育園が全力で親のサポートをし、園と家庭とが強い信頼関係で結ばれていることを、通わせている保護者自身が誰よりも理解しているのだ。

エプロンシアターを使って誕生月の子たちのお祝い。毎月の誕生会は、ホールで仏様にお参りすることから始まる
エプロンシアターを使って誕生月の子たちのお祝い。毎月の誕生会は、ホールで仏様にお参りすることから始まる

【次のページからの内容】
・食べ物や周囲の人々、祖先への感謝 今だからこそ「仏教保育」を行う意味
・自然いっぱいの「雑木林」が第2の園庭、好奇心と想像力が広がる
・「毎日が試食と見直しの繰り返し」 給食へのこだわり
・悩み続ける親こそが、社会を変える