そんななかで、近ごろ強く実感していることがひとつ。

 子育てにおいて、「自分の感覚を普通だと思ってはいけない」ということ。当たり前といえば当たり前のことだけれど、意外と気づきにくいです。つい先日も、何気なく友達にかけた言葉を、深く反省したことがありました。

分娩前の友人を、喜びの感情だけで送り出してしまった


先日やらせていただいたロケの様子です。羽根をつけてふざけているようですが、れっきとしたお仕事です(笑)。わが子が物心ついたとき、これをどうやって母の仕事だと説明しようかな

 友人は、日にちを決めて計画出産をすることになっていました。分娩当日の朝、LINEで「これから出産だよー」と連絡をくれたんです。本人にしてみれば、待ちに待ったわが子との対面を楽しみに思う反面、初めての出産で不安もあったことでしょう。

 それなのに私ときたら、

 「キャーーーー! 赤ちゃんめちゃ楽しみ!! 明日にでも会いに行きたいなー! 出産楽しんできてねー!」と、やたらハイテンションな、はしゃいだ返信をしてしまいました。まるで、ハワイ旅行にでも送り出すようなノリで…。

 「明日、もし生まれていたら、ぜひ会いに来てねー!」との返信をもらい、ハッと気がついたのです。そうか。明日、生まれてないってことも、あるのか

 実際、友人はかなりの難産となり、母子ともに健康ではあるものの、ものすごーく大変な思いをして赤ちゃんを産みました。出産後、そんな報告を受けて私は申し訳ない気持ちになり、数日後に病院を訪ねたときにはお祝いの言葉とともに、「軽いノリで明日行くとか言っちゃって、ごめんね」と謝りました。幸いその子は、全く気にしていないと言ってくれましたが。

 恥ずかしながら、あの返信をもらうまで、長時間のお産になる可能性を1ミリも考えてもいませんでした

 というのも、 実は私、初産にして、助産師さんも驚くほどの超ハイスピード出産だったのです。本気で苦しかったのは正味1時間程度。産んだ直後には、「ヨッシャ! 産んだぞー!」と叫んで、ガッツポーズを決めました。決して盛っているわけではありません。証拠映像も残っています(笑)。

 初めての出産がそんな形だったので、私にとって「出産=楽しい」だったのです。

 だけど、それは単に、自分がたまたま運が良かっただけのこと。本来、出産とは命を懸けた大変な営みですよね。そのことは絶対に、忘れてはいけなかったと反省しています。

 あれ以来、出産について人から聞かれたときは、「人それぞれだから参考になるかわからないけど、私の場合はこうだったよ」と、あくまでも自分の経験として話すことを注意しています