自己犠牲を伴わずに協調精神を発揮する
アドラー心理学的な価値観に基づき、「勇気づけ」のコミュニケーションを意識しながら子育てを実践してきたご家庭のお子さんに(とはいえ、既に成人した大学生・社会人でしたが)、どのような子ども時代を過ごしたのかを聞いたことがあります。彼らはおおむね、このような話をしてくれました。
人間というものは、恐らくDNAレベルで「信頼できるところに所属したい」という願望があるのでしょう。そして、所属する仲間からの承認を求めることを超え、不完全さも含めた自分らしさを自分で認めることができ、自分の心地よいことに素直なままで、「嫌われる勇気」を持ちながらも所属する仲間の役に立っていると実感できたとき、私達は一番の幸せを感じることができるのでしょう。
ある意味で自己満足の追求のような、自分の幸せに貪欲になることが、実は同時に、信頼する仲間全体の利益になっている。これこそが、自己犠牲を伴わない協調精神の発揮、すなわち「他者貢献」であり、アドラーはこのような感覚を持つことを「共同体感覚」と呼び、人間が生きるうえでの目指すべき姿としました。
自分の子どもが、このように、ありのままの自分らしさを保ちながら、好きなことで誰かの役に立てることを実感できる生き方ができたら、うれしくないですか?
あるいは、共に仕事をする仲間達が、このように内発的に動機づけられて、仕事を楽しみながらチームに貢献し合っているとしたら、きっと良い成果が出るとは思いませんか?
そして、自分自身が「あなたのために・・・してあげているのに!」という自己犠牲感を感じることなく、ただ誰かのために何かをすることで満足できたら幸せだとは思いませんか?
親子で、夫婦で、あるいは職場の仲間同士で。「共感ファースト」で相手に向き合い、相互尊敬・相互信頼をベースに、立場や役割にかかわらず「ヨコの関係」でコミュニケーションを図る。そうすることで、おのおのが「ありのままの自分」らしさを保ちながら、協調精神を発揮して仲間に貢献し合う。こうしたお互いに「勇気づけ」をし合うコミュニケーションを周囲の人達との間で増やしていくうえで注意したいこととして、次に、「ほめる」ことの副作用について考えてみたいと思います。