幼稚園を選ぶメリットは選択できること

 3つの保育園、1つの幼稚園に子どもを通わせてみて思ったのは、昔のように、保育園はフルタイム勤務、幼稚園は専業主婦という風にクッキリと分かれているわけではないということだ。保育園にも(下のきょうだいの)育休中で現時点では専業主婦的な日々を送る人やパートタイム勤務の人もいるし、幼稚園にもフルタイムで働く人から専業主婦まで様々なタイプのママ達がいる。今や幼稚園でも、お迎えや遠足でパパが出動することは珍しくないようだし、前述したように、夏休みは子どもを田舎にまるまる預けて仕事にいそしむ人もいる。

 これだけ家庭の状況が多種多様になっているなか、保育園、幼稚園の区別があること自体が時代錯誤になってきているのではないかとも思う。そもそも保育園・幼稚園の区別があるのは日本だけだとも聞く。それなのに、幼保一体化は長く叫ばれ続けながらも一向に進まない。その理由について、ある保育園関係者は「幼稚園側の、保育園への差別」からではないかと話していた。幼稚園は、教育機関としての自負から保育園を一段下に見ていて、一緒にされたくないという気持ちがあるのではないか、と。

 一方で、幼稚園について調べるなかで、幼稚園側の努力も感じた。Y幼稚園のように働く家庭のための保育を充実させたり、そこまでいかない一般的な園でも、大田区では今や延長保育のないところはほとんどない。わずかながらも夏休み期間の保育を始めたり、D幼稚園では(働く親への配慮からではないのだが)土曜保育も月に1回行われている

 幼稚園を選ぶ一番のメリットは、選択できることだと思う。望ましい保育を提供してくれる園を選ぶことができるからだ。だが、保育園はそうはいかない。特に認可園では、「入れただけでありがたい」といった状況で、保育内容で選ぶ余地はほとんどない。だが保育園は幼稚園以上に長時間を過ごす場所で、保育内容が子どもに及ぼす影響は大きい。その保育園を内容で選べないのはとても残念なことだ。

子どもを室内に閉じ込め窓も開けない生活は社会的な「虐待」では?

 転園後、C保育園の園長先生とお話しする機会があった。園長先生が考える理想の園は、本当にあったらぜひわが子を入れたいと思うほどの思いをお持ちだった。だが現実には、窓ひとつ開けられないあの場所で理想を叶えることはまず無理だろう。園の存在に強固に反対し続けている家は、1年経った今ではそれほど多くないそうだが、窓を開けるとなると「反対する家は増えるだろう」とのこと。だが人は徐々に環境に慣れていくものだ。3年後、5年後に、近隣に保育園があることが当たり前になったときには窓が開けられるようになるのでは? と聞くと「おそらく無理でしょう」と力なく首を振った。

 その話を聞いた知人は、「お医者さんや看護師さんみたいに夜勤のあるような仕事をしていると、(仮眠中の)日中の子どもの声はうるさく感じるのかもね」と言ったが、実は苦情を言うのは徹夜仕事もあるような働き盛りではないようだ。リタイア後の方々もいるし、日中は妻だけが家に居る場合もあるが、子どものいない高齢世帯が多いという。

 それでもC保育園の園長先生によると、開設から1年が過ぎ、反対していた人々の目も温かくなってきたという。「保育園ができると送り迎えのときに道路があふれかえるのではないか」といった誤解が解け、「ワンルームマンションができて、夜中に若い人に大騒ぎされたりゴミ捨てなどで悩まされるよりもよっぽどよかった」と言われることもあるそうだ。「思ったほどうるさくない」という声もあるようだが、あれだけ騒音に配慮していたら当然だろう。

 老後を案ずることなく、穏やかに暮らしたい。そう願っている人は多いと思うが、今はそんなささやかな願いさえかないそうもない時代だ。持つ者も持たざる者も大きな不安を抱えながら生きている。体力に自信のなくなってくる中高年になると、その不安は増すばかりだろう。各地で相次ぐ保育園開設への反対運動も、そんな不安の表れなのかも知れない。騒音がひどくなる、地価の下落につながるなど理由は様々だが、とにかく保育園という未知なるものがやってくることで、自分の生活が脅かされるのではないか、穏やかに暮らせなくなるのではないか、そんな不安を感じるから拒否したくなるのではないだろうか。特に子どもに慣れない人にとっては、彼らのパワフルさは時に恐怖でもあるだろうから。

 だが、そうした保育園反対派の人達でも、もし親が子どもを室内に閉じ込め、窓も開けない生活を強いていたら、「虐待」と感じるのではないだろうか。子ども達は、社会で最も弱い存在のひとつだ。その彼らがエネルギーを発散させるための歓声を封じ込めるということは、子ども達を社会的に虐待していることとイコールなのではないだろうか。

 保育園転園で、今も、わが家では、様々なことを考えさせられている。

(ライター/青山珠子 写真/鈴木愛子)