シーンは移り変わり、2010年代初頭、「地下アイドル」なるものが発生。アイドルは多様化し、女子はその中での自己実現も可能になる。コアな音楽性でもかわいい女の子が歌うことによりある種キャッチーさが生まれるため、アイドルに唯一無二の音楽性を込めるクリエーターも参入し、元はコアな音楽ファンが地下アイドルのオタクになったりと、独特の進化を遂げ、熱のある現場になっていた。

 私は彼らの熱に助けられながら支持を得始め、事務所無所属で7年の音楽活動をした後、2014年9月、27歳の誕生日に晴れてメジャーデビュー。デビュー準備の渦中、デビュー1カ月前の8月に同業者と結婚した。

出産の2週間前まで公演活動、仕事と育児を両立する難しさを感じた

 結婚を決めた理由は、好きな人と2人でお酒を飲みながら、ロッカー直伝、お得意の「どうせ死ぬ死ぬトーク」をしていたところ、「死ぬのなんてやめなよ、結婚するから。死なないほうが絶対に面白いよ」と言われたこと。結婚を全くリアルに想像したことはなかった私は、とても面白そうだ!と思った。

 好きな人と結婚して「子どもがほしいね」と言われたとき、初めて子どもがほしいと思った。こんなこと言っていいのか分からないけれど、それまで私は子どもを持つことに対して、めっちゃ雑な考えしか持ってなかった。「ハロプロが好きだし、アイドルの握手会で子連れだと優遇されるかなー。幼女かわいいし最高!でも男の子だったら部屋にこもってエッチなこととかしそうだし嫌だな!」なんて具合。

 「子どもか~。うんうん、ほしいね~! でもいつか武道館に出てからね~」と適当な返事をしていたのだが、メジャーデビュー後の過密なスケジュールとメディア露出によりちょっと心にガタがきていた時期に、テレビ番組『はじめてのおつかい』でダイアモンド☆ユカイさんがお子様に慕われている様子を見てなぜか涙が止まらなくなり、猛烈に子どもがほしくなった。

 女性ミュージシャンの結婚・出産は、人によっては人気がガクっと落ちるものだが、すでに独自路線で突き進んできた27歳の自分はもう全くそのタイプではなかった。

 予想以上にたくさんの人が妊娠・出産を祝ってくれた。正直、そんな大それたことだと理解していなかった。素直にうれしかった。

 私は好きな音楽をずっとやってきて、十分幸せだった。音楽に対する姿勢が歪んだことなんて今までで一度もない。音楽に真っすぐ突き進んできた私がもし歪んだとするならば、恐らく子どもがほしいと思ったそのときだけ。

 メジャーデビューしたばかりで夢のど真ん中に立ったまま出産することにした私は、「たっぷり産休を取るぞ~!」とはなれず、出産の2週間前までギターを持って人前で歌っていた。


出産の2週間前までギターを持って人前で歌っていた大森さん。仕事も子ども、両方を大事にする難しさを感じた

 安定期に入る前のツアーは、妊娠を発表することもツアーをキャンセルすることもできず、全力のパフォーマンスをすることと、おなかの子を守ることの両立が成立するのか、正解が見つからない。おなかの子に負担をかけている罪悪感で、「ごめん、けど、一緒に戦ってくれ~、ごめん~」と遠征先のホテルで号泣していた。仕事も子どもも両方を大事にするって難しい。泣くことすら胎児には悪影響で悪循環だった。