音楽活動を開始してから7年間事務所に無所属だったにも関わらず、渋谷や恵比寿など著名なライブスタジオでの公演が続々とソールドアウト。2014年、27歳でのメジャーデビュー後には全国ツアーの本公演をすべて満員にするなど、音楽ファンから大きな支持を集める個性派シンガーソングライター・大森靖子さん。デビュー直後に出産を経験し、仕事に子育てにと奮闘しています。「常識を打ち破り、すべてを肯定する」「マイノリティーの気持ちを代弁する」独自の音楽性で人気の大森さんのキャリアと育児の日常をつづる新連載。今回は、男性が9割という音楽業界でママがキャリアを築く難しさと、結婚に興味のなかった大森さんに子どもが生まれるまでについてを語ります。
結婚なんてロックじゃない! そんな私が結婚・出産した理由
「私はいつか結婚するのだろうな~」と、ある女性が10代のころぼんやり思っていたとして、思い描くその結婚生活像は「超絶バリバリ働きながら、子育てもする」というものであっただろうか。
私の場合、「女である自分」にそこまでしっくりきていたわけではなかったので、結婚に対しての憧れはあまりなかった。
子どものころに両親の結婚披露宴のビデオテープを見て、「うわー、なにこれゲロ気持ちわるぅ~! 父親と入場したり、泣かせる手紙をわざわざ人前で読んでみんなで感動したりとか、大人になったらこんなことしなきゃいけないなんて、めんどくせ~」。しかも、親とか会社とか世間のために結婚するみたいでなんか嫌だ。それなら絶対結婚なんかしたくない、と当時思春期真っただ中の私は思ってしまい、結婚式をしたくないから「結婚」という選択肢を自分の将来設計から抹消していた部分もある。
それでも時々、「せっかく女なんだから、夢途上で失敗しても結婚っていう保険があって、挫折しても結婚して主婦として生きる道もあるんだし、とにかくそれまでは臆せず好きなことを極めるために突き進むことができて、ラッキー!」と、肯定的かつナメ切った思考もあったり。
調子の悪い日は「私はこのスピード感で生きてると、どうせ27歳ぐらいで死ぬので、わざわざ結婚することもないだろう。自分のクソ遺伝子も残したくないから、子どももいらないし」なんてロックな世界に酔いしれたり。影響されやすい私は、「ロックスターは27歳で死ぬ」伝説を本気で信じ憧れていて、なんだか死というものが常に目の前にチラついて実際かなり切羽詰まっていたのだ。どちらにせよ、かなり歪な楽観を持って、結婚に対しては特別焦りも憧れも抱くことなく生きていた。
なぜこのような人間が子育てをするに至ったのか、働くママの環境としては特殊な音楽業界で、独立派シンガーとしてどう活動してきたのか、挨拶代わりに少し私の身の上話にお付き合いいただきたい。
私は18歳で大学進学を機に上京。19歳でギターを始め、恐らく自らの人間的な欠陥により、バンドというものがうまくやれなかったので、弾き語りでのライブ活動を始めた。
皆さんが一般にテレビで見ることができる音楽業界と、私が通ってきたいわゆるアンダーグラウンドなライブハウスのシーンは全く異質な世界。その中でもロック、ヴィジュアル系、弾き語りと無限に細分化されていく。
「絶対に私は売れる!」という根拠のない自信を持ち続けてはいたものの、なかなかうまくいかず、とにかくライブを重ねようと、シーンを選ばずにオファーを受けたイベントすべてに出演していた。そんなにお酒を飲まないのに「ストップ!アル中」イベントに出たり、長渕剛さんの曲を絶対に一曲カバーしなければならない弾き語りイベントに出たり。自殺予防トーク、花見、ストリップ小屋、廃校、廃病院、温泉、山、寺、映画館、教会、酒蔵、喫茶店、自宅、どこでも活動した。
女性歌手としては異例の27歳という遅めのメジャーデビューを果たした大森靖子さん。デビュー直後に出産を経験。その後、中野サンプラザ(収容人数2000)を含む全国ツアー本公演はすべて満員御礼