反抗期は大人になるための通過儀礼


阪部哲也さん

―― 娘が年ごろになると「お父さん臭い」などと父親を毛嫌いすることもあるようですが、井上家はどうでしたか?

井上 現在、長女は26歳、次女は24歳、長男が20歳ですが、それはありませんでしたね。

―― 反抗期という通過儀礼はなく、皆さん素直に成人されたのですね。例えば子育てにおいて、思い通りにならなかったことなどはないですか?

井上 長男とは二度ほど、胸ぐらをつかみ合うような取っ組み合いのけんかをしたことはあります。

―― 温厚な井上さんが、息子さんの胸ぐらを……? 何が原因だったのですか?

井上 長男と家内の口げんかが発端でした。言葉では弁の立つ母親にかなわないと思ったのか、長男がゴミ箱を蹴飛ばし、家の中にゴミをまき散らしたんです。そこで「おまえ、何をやっているんだ!」と仲裁に入りました。

 最初のときはまだ私のほうが優勢で加減できましたけれど、しばらく経って二度目の取っ組み合いをしたときには力関係が拮抗していましたからね。内心では家内に「早く止めてくれ~(笑)」と思っていたほどです。

―― 不謹慎かもしれませんが、非常に興味深いエピソードです。心理学者の河合隼雄さんによれば、息子と父親にとってそうした諍いは避けられない通過儀礼なのだそうです。かつて、元服という慣習がありました。名前が変わることは「子どもの私」の死を意味することなのだそうです。「子どもの私」が死んで、今日から「大人の私」に生まれ変わる。途上国で成人になるときにバンジージャンプをしたり、割礼をしたりするのもその名残でしょう。現代社会ではそうした予行演習もなく、いきなり大人になることが望まれますからある意味、気の毒であると河合さんはお書きになっていました。胸ぐらをつかむ、というのは河合さんの言葉を借りて解釈すれば「どうやって生きていったらいいんだよ、父さん」という言葉にできない葛藤の発露であり、父親は命懸けでそれに答えるしかない、と。

井上 それは面白いですね。ただ、正直に申し上げれば子ども達に対して本気で腹を立てたことは一度もありません。取っ組み合ってのけんかも、「母親にはできない父親の役割を果たさなければ」という義務感によるものです。

―― いかなるときにも相手に対してフェアに接しよう、という井上さんのその冷静さはどこで培われたものですか?

井上 フェアに接しようという態度は家族に対しても部下に対しても変わりません。冷静でいようとするのは感情に引っ張られてもいいことなどないからです。

 もしかするとこれは海外駐在中、15人の部下をマネジメントしていたころに鍛えられたのかもしれません。15人全員国籍の違う部下をマネジメントするということは生半可なことではありませんでした。相手の言っていることがいかに利己的であっても問題点を拾ってロジカルに説明し、「なるほど。井上の言っていることなら聞いてもいい」と思ってもらうためには、相手の置かれている立場に立って一つひとつ根気強くひもといていく必要があります。その手間暇を惜しんでは信用してもらうことはできませんから。

―― 大変勉強になります。最後に。金融業界の雄である井上さんに子どもに対する「マネー教育」について読者にアドバイスをいただきたいと思います。次回は井上さんが考える、お金の教育についてお聞かせください。

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次回に続きます。

(ライター/砂塚美穂、撮影/蔵 真墨)