リストラで人を切る会社では、安心して成長なんてできない

―― 人の価値はお金に変えられないと気づいたと……感動的なお話です。しかし、実際に人を大切にするだけでうまくいくと考える経営者は少ないのではないでしょうか。

近藤 それは経営者が「私が社員を大切にしている」ということだけしか、見えていないし、考えていないからです。あくまでも社長を主語にして発想しているからです。

 人を見ていれば、彼・彼女らの成長が分かり、どのように会社に貢献しているか、そして働く喜びを感じているかが分かるわけです。会社は人を雇うことが最大の目的です。働くことで必要とされ、感謝される。会社とは雇用の喜びを作り出すことができる唯一の存在です。必要とされる喜びの中で、人は「できないことができるようになりたい」「もっとうまくやりたい」と成長していくものです。リストラで人を切っていく会社の中で、安心して成長なんてできないじゃないですか。

―― そして、社員の成長があれば、経営は必ずうまくいくと。

近藤 当然です。

 私が思うに、社員を大切にするだけでうまくいくというのは、ドメスティックな内需型の企業には100%通用する話だと思います。しかし、私達のようなグローバル企業は、為替などの影響をもろに受ける。そこを生き抜くためには、社員を大切にするだけでなく、ビジネスモデルと戦略も持たねばならない。大胆なかじ取りをし、国際社会の状況に対応しなければならない。そのためにはすさまじいエネルギーが必要になるものです。そして、やらねば赤字になる。こういった状況は少なからず出てきます。

 そのときこそ、社員が会社から大切にされているという実感があれば、火事場のバカ力を出してくれるんですよ。

 例えば2010年、いくつかの輸入総代理店権を失い、新しい仕事を作らないと経営が危ういという状況に陥り、ある東証一部の上場企業が引き受けていた海外メーカーの仕事を、私が取ってきたことがありました。交渉は大変でしたし、約束した販売計画も厳しいものでした。しかも、この事業の立ち上げ期間は3カ月しかなかった。

 しかし、現在産休を取っているある女性社員が当時はまだ独身だったこともありますが、夜中の12時まで毎日働いてくれたのです。労協に完全に違反しているわけですから「8時までには帰れ」と言っても、「この事業に会社の将来が懸かっていることは分かっています」と言って頑張ってくれたわけです。

 今彼女は、ワーク・ライフ・バランスで言うとライフ中心の生活を送っています。子どもを産んで休んでいるわけですが、彼女の代わりに別の社員が頑張ってくれています。

 火事場のバカ力ってスゴいものですよ。私事ですが、集中豪雨で家のバイクが水没してしまいそうだというときに、家内がバイクを持ったまま階段を上がって家の中まで運んできたことがあります。私にだってそんなことできませんよ(笑)。