幸せは自分でつかむもの 良き妻・良き母の役割からの解放

 葬儀の日、広数さんの脳裏には、服も着ている優大くんがキラキラと光の粒になって大気と一体になるイメージが浮かびます。

 「それが何だったのか、僕にも分かりませんがそのとき腑に落ちたのは、優大は10年10カ月も生きるという偉業を達成したということ。それをまず褒めてあげたい。お骨を拾うという本来泣きを誘う場面でも、周囲からの『残念だった』という言葉には違和感がありました。僕の腕の中で静かに心臓の鼓動を止めたときも、その瞬間に感じたのは心からの感謝と幸せでした。もちろん、寂しさはありましたが、それと幸せとは全く関係なかった。10年に凝縮した『優大学校』は、僕に色々なことを教えてくれました」と広数さん。

 幸恵さんにとっても自分の分身を失うほどのつらい経験でしたが、優大くんが残してくれた前向きなメッセージを受け取ります。

 「私はずっと、いい妻、いい母と自分で決めた『役割』を生きてきたように思います。でも、自分が何かを我慢し、自分自身を犠牲にしながら、誰かを幸せにすることなんてできない。ただそこにいるだけであなたは価値がある、ありのままの心で自分を生きることが何よりも大切、と気づくことができたのは、優大からその命自体という素晴らしい愛の贈り物をもらい続けたからです。そして、実はさらにその前から、自分の気持ちに正直な夫の存在が、役割を演じることにがんじがらめになっていた私を支えてくれていたんだと、最近になって気づきました。私の意思を尊重し、いつもありのままでいてくれたことが私には大事なことでした」

死ぬ以外に「絶対」はない。ビジネスも振り切れるようになった

 優大くんの死の直後は、しばらく抜け殻状態だったという広数さんですが、ビジネスでも変化が現れます。当時、会社の命運を懸けた新規商品の開発に携わっていた広数さんは、従来の商品開発の路線とは違う、斬新なアイデアを打ち出します。

 「世の中に正解はなく、死ぬ以外は“絶対”はないということを身をもって経験したことで、僕の中で何かが振り切れた。どうせ新しいものを生み出すのなら、育児に体力を消耗し、毎日忙しい日々を送る妻が喜ぶものを作りたいと思いました」

 優大くんへの3食の離乳食作りに加えて、広数さんやあつきくんの日常の食事の準備。家族のチームワークで、育児や看護、介護などを都度乗り切る中、幸恵さんがメーンのおかず作りに苦労していることが分かりました。必死に働き子育てしている主婦の悩みを少しでも解決したい。そうして「冷蔵庫にある野菜やいつでも買える経済的な肉類を使う」ことをコンセプトに、広数さんが手がけ2012年に発売された「Cook Do® きょうの大皿」はシリーズ売上40億円(※消費者購入価額ベース)を超える大ヒット商品となります。

 「会社で実績を出していくためには、上司や周囲を説得するためにロジカルにならなければいけない部分もあります。でも、人生には必ず終わりがあります。会社の中で失敗したとき、社内で嘲笑される、怒られる、出世できない、もしそんなことがあってもそれって全然大したことではないよね、と腹落ちしました。本質を見極めて、シンプルにやりたいようにやればいいじゃんとなれば、すべてが前向きに進みだし、みんながフラットな関係になれました。好きなこと、やりたいことに没頭しているとき、その人の瞳はキラキラと輝き、本来持つポテンシャルが最大限に発揮されます。『本当にやりたいということは、ただただやればいい』。ビジネスパーソンとしても重要なことを優大に教えてもらいました」

「一人一人がありのままに輝けるように」と、昨年から活動を始めた「Shanti House(シャンティハウス)」。夫婦がそれぞれの人生の中で探し続けてきた「自分を生きる」道を共有します
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