「一日三優大」 睡眠時間は削っても、介護・育児時間は確保

 日本の本社に戻り、広数さんは念願のマーケティング部門に配属になります。「なかよし学級」のサマーキャンプをきっかけに、価値観は家族と仕事の両立へとかじが切られていたものの、やりがいのある仕事への思いも強く、育児最優先とまでは変わりません。

 「ずっと憧れていた物づくりの中枢、マーケティングの仕事です。精いっぱい、期待に応えたいと思いました。それでも『一日三優大』と決め、『朝、薬をあげる』『夜、風呂に入れる』『オムツを替える』を毎日の日課に。高校時代から続けているラグビーのおかげで、幸い体力と忍耐力には自信があります(笑)。介護・育児と仕事の両立のため、自分のプライベートな時間や睡眠時間を削ってでも、介護・育児に振り分けようと意識するようになりました」

 このころから広数さんは、ノンレム睡眠とレム睡眠のメカニズムを取り入れて睡眠時間を1時間半の倍数に設定。残業で遅くなったときも4時間半または3時間だけ眠り、朝は起きて優大くんに薬を飲ませます。日本での家族一緒の暮らしが始まり、日を追うごとに、広数さんにも父親としての自覚が芽生えてきました。

 「育児に積極的に関わるようになり、一番好きだったのはお風呂に入れることでした。優大は体が大きくなり、介助がないとお風呂には入れません。でも彼はお風呂が大好きで、お湯につかると『ふぅ~』と声を出し目を細めてうれしそうな顔をします。大脳がないのにどうして感情を表すことができるのだろう? 優大の至福の笑顔は、すべての苦しみや悩みを一気に吹き飛ばしてくれるぐらいのパワーがありました。優大と一緒にお風呂に入ることで、生身の命のありがたさやいとおしさを感覚的に経験することができましたね」

優大くんの日々の成長を楽しみに過ごす広数さん。優大くんが好きだった耳かきタイムも幸せな思い出です
優大くんの日々の成長を楽しみに過ごす広数さん。優大くんが好きだった耳かきタイムも幸せな思い出です

 産まれたときには「大脳がないから反応はできないし、言葉も話せない」と医師に言われていた優大くん。でも、笑顔で返事をしたり、手を握り返したり、喜んでいるときには足を大きくピーンと前に伸ばし、感情をとても豊かに表現します。

 「周囲の人達の『生きてほしい』という思いと愛情を受けて、優大の心が精いっぱいそれに応え、命を燃やしていました。小さな体で一生懸命に生きている優大を見ると、キャリアの成功や失敗で、いちいちクヨクヨする自分はなんとちっぽけな存在か。もう仕事を理由にこの大事な命を犠牲にしてはいけない。自分を戒めなければ、きっと自分は自己実現、自己成長の喜びに病み付きになってしまう。この目の前にあるこの純粋な命を思いやることを忘れてしまったら、何のための人生なのか分からないではないか」

 自分の中に湧き上がってきた感情と優大くんから教えてもらったこと、幸恵さんの無償の愛情と献身的な介護に触れ、様々な経験が融合した結果、広数さんの人生観は「勝ち負け」から大きく変わりました。

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 後半は15日(水)に公開。大切な命を失う恐れと葛藤を乗り越えて授かった第二子の出産、そして最愛の子との別れ、優大くんとの出会いから教えられたことについて紹介します。

<関連サイト>
■ 「Shanti House」ブログ http://ameblo.jp/youachu/
■ 「Shanti House」facebook https://www.facebook.com/shantihouse33/?fref=nf&pnref=story

(文・構成/日経DUAL 加藤京子)