同じ障がいを持つ子を育てる親との交流により、父親像が変わった

 中国からの帰国後、幸恵さんと優大くんは地元・長崎にある療育のための施設「なかよし学級」に通います。ここは、障がい児だけでなく、親の心のサポートにも力を入れる施設。母子で一緒に歌を歌ったり、抱っこをしながらトランポリンをしたり、散歩をしたり、五感で楽しむ様々な遊びを取り入れています。月に一度、親のための時間も設けられ、子どもと離れ、涙を流し、弱音や悩みを話すことが許されている場があることで、幸恵さんの心は自然と癒やされていきます。

 優大くんもまた、なかよし学級に通うことで驚くような成長を遂げます。

 「名前を呼ばれると『おー』と声を出したり、おなかがすけば『まーむ、あむー』、私がいなくて不安なときには『まー、まーま』など、喃語での意思表示ができるようになりました。教室の様子にも興味津々で、お友達の声や先生の歌に聞き入ってはキョロキョロと視線を動かしてうれしそうな笑顔を見せます。手を動かして返事をしたり、苦手な音には泣いて抗議したり、その様子は本当に愛らしかったです」

 首は据わらないままであっても、ごく自然な自分のスピードで成長していく優大くん。「大脳がないのに、どうやって色々なことを感じ、考え、こんなにも生き生きと表情豊かな様子を見せてくれるのか。命とは、なんと可能性に満ちたものだろう」。優大くんの成長は、命の輝きそのものとして幸恵さんの目に映ります。

 一方、中国に残った広数さんは「帰国までのあと1年以内に、納得のゆく成果を出さなければ」とそれまで以上のエネルギーを仕事に注ぎます。28歳にして、30人もの中国人部下をマネジメントし、売り上げ規模が前年の約2倍のペースで順調に伸びるビジネスの事業運営。幸恵さんと広数さんは毎日連絡を取り合っていましたが、日々の成長の喜びや命への切実さに対する温度差を感じ、幸恵さんは夫婦で思いを共有する難しさを感じていました。

 それを劇的に変えたのが、「なかよし学級」のサマーキャンプ。この1泊2日のキャンプの中で、広数さんは、同じように障がい児を育てる他の家族の育児に初めて触れることになります。

 「どうしてそんなに無邪気に楽しそうにできるんだろう」。キャンプファイアーで楽しそうに踊るパパ達を見て不思議に思う広数さん。先生も牧師も他のパパ達も積極的に話しかけてきてくれますが、広数さんはいまひとつ気持ちが入り込めないまま懇親会を迎えます。懇親会で出会ったパパは、育児に主体的に参加している人ばかり。広数さんと同じく大手企業に勤めるパパは「出張のない職場に配置転換してもらった」と何事もないように語ります。

 「それって、仕事よりも家族を選ぶってこと? 家族を顧みずに中国での単身赴任を選択した自分が恥ずかしくなりました。それでも、パパもなかよし学級の先生達も全く僕を責めません。単身での中国駐在を心配してくれさえする。ここにいるパパ達は誰もが目の前の子どもを心底かわいがり、そのために自分ができる最大限のことをしている。明るく優しくて、自己犠牲を強いてつらそうにしている感じもない。同じ父親としての懐の深さと人間的な大きさに自分への嫌悪感と嫉妬すら覚えました」

 これからどうなるんだろうと心配しながらも、わが子と真剣に向き合い、日々の生活を一歩一歩積み重ねている。そのことに気づいた広数さんは「自分は今まで現実から目をそらしていなかったか? 仕事に熱中することで父親としての責務を果たしているとおごっていなかったか?」と自問自答します。サマーキャンプをきっかけにこれまでの父親像が少しずつ変化し、育児参加の大切な原点となりました。