そんな様子も気遣ってか、主治医からは「普通の子と同じように、おなかの中で育ててあげてください」と温かい言葉をかけられ、その後の幸恵さんの気持ちを支える大きな勇気となります。

「赤ちゃんの脳がないのに、本当に産むのですか?」

 出産予定日の1カ月ほど前に、里帰り出産のため幸恵さんの地元・長崎の大学病院へ転院。そこで、何度も「なぜこの子を産むのか?」という命題を突き付けられます。

 「医師から『脳の欠損で頭がとても小さいために、自然分娩では頭部が先に出てきて体が出てこられない可能性がある』と伝えられました。私達は子どもの命を最優先に迷わず帝王切開を選択しましたが、病院側は帝王切開のリスクについて過分に感じるぐらい説明をし、普通分娩を強く勧めます。数多くの症例を見てきた医師ならではの配慮があったのかもしれません。でも、おなかの赤ちゃんは骨折の痛みさえ考慮してはもらえない。『胎児』という、同じ命として見てもらえない扱いにとても違和感を覚えました

 何度か医師と話し合った末に、懇願する中島夫婦の気持ちに押されて、「特別に」と帝王切開での出産が決まります。それでも、帝王切開前日の診察の中で医師から告げられたのは、

 「赤ちゃんの様子はとても深刻です。この状態で本当に帝王切開するんですか? 赤ちゃんに脳がないんですよ?」

ということ。正解のない選択を迫られ、再び大きく心が揺さぶられます。夫婦で固い意思を改めて伝え、予定帝王切開当日、「はぎゃあ! ふぎゃあ!」という元気な声と共に、優大くんは生まれました。

 「かわいい! というのが最初の印象で、すぐに心の底からいとおしく思う気持ちに。受け入れられるだろうか? という不安は一瞬にして消え、抱っこをすると、生きようとする力が全身から伝わってきました」と、当時の感動を語る広数さん。幸恵さんは、「小さな頭が骨盤に挟まっていたために、顔全体が押し潰されたように平たく、はっきりとした顔立ちは見えません。でも一目見て、理屈抜きでかわいかった。既に張っていた乳房を顔に近づけると、赤ちゃんは上手に吸い付いて母乳を飲み、言葉で表すことができない幸せな瞬間でした」とその喜びを語ります。

大切な命の誕生。生きようとする力が全身からみなぎる優大くん
大切な命の誕生。生きようとする力が全身からみなぎる優大くん

 大脳がないという珍しい障がいを跳ね飛ばすほどの生命力を持って生まれた優大くん。手術室から一旦出てきた優大くんを抱っこして、広数さんは「色々と脅されたけど、全然平気じゃん! 大げさだなあ」と思ったそうです。しかしその後、主治医から広数さんだけが呼ばれ、厳しい現実へと引き戻されます。

 「優大くんの状態は深刻です。MRIの結果、大脳は全欠損しており、水無脳症に間違いありません」。事実を受け止めきれず、キョトンとする広数さんに主治医は「優大くんの症例は極めてまれで、私が知っている同じ症例では数年で亡くなる場合が多い。恐らく小学校、中学校までは生きられないでしょう」と告げます。

 「どうだった?と妻に尋ねられ、僕は『やっぱり脳はないみたい、でも大丈夫そうだよ』と。聞いたままを伝えることがどうしてもできませんでした。こんなにもかわいいわが子を失うなんて。幸せそうに優大を見つめ母乳を与える妻を見るとあまりにもふびんで……。自然と足は大学病院の裏に向かい、生まれて初めてコントロールできないぐらいの号泣をしました」(広数さん)

 幸恵さんが希望した「優」しいという字、そして広数さんからは生まれてくる息子が大きく育つように「大」という字、夫婦の深い愛を込めて名付けられた優大くん。小児科医としての立ち位置は守りながら、とても温かく接してくれた主治医から、「おうちに帰って、普通の赤ちゃんと同じように育ててあげてください」と伝えられたこの言葉はお守りのように中島夫婦の子育てを助けてくれます。