劇作家・演出家の平田オリザさんが、日本の行く末を考察した著書『下り坂をそろそろと下る』。その中で平田さんは、「子育て中のお母さんが、昼間に、子どもを保育所に預けて芝居や映画を観に行っても、後ろ指をさされない社会を作ること」の必要性を訴えています。一体なぜ、今の日本社会では、「後ろ指をさされ」てしまうのでしょうか。

 私達が目指すべき社会の在り方とは。そのために今、私達がすべきこととは。前編・後編の2回に分けて平田さんに話を伺います。

転落しやすい日本社会。でも多くの人には実感がない

DUAL編集部 日本の行く末を案じ、本で警鐘を鳴らしています。どういった問題意識をお持ちなのでしょうか。

平田オリザさん(以下、敬称略) 今、日本社会はすごく分断された状況にあります。格差社会や、若者の貧困、下流老人といった問題が存在する一方で、日本の中間層の人達には、それらについて、いまひとつ、響いていないと思うんです。今の日本は転落しやすい社会だということは何となく知っているのだけれど、それが現実にどういうことなのかは、自分が転落してみないと分からない。だから、貧困問題などに対して、「そうは言っても、自己責任だろう」の一言で片付けてしまう。これではまずいんです。

 新橋のガード下で飲むサラリーマンに象徴される、日本の中間層というのは、まだかろうじて残っている日本経済の資源です。その人達にも伝わる言葉で、今の日本を語り、格差や貧困を、みんなの問題として共有していかなければ、という思いがありました。

 今、僕は大学で、アートマネジメントを教えています。そこでは、ホームレスや失業者をアートでいかに救うかということを考えます。失業者に、アートなどの文化活動を通して社会とつながりを持ってもらうほうが、結果的に社会全体のリスクもコストも下がるのです。それを「文化による社会包摂」といいます。

 こういったことを学生達に教えていて、実は年々、手応えが弱ってきているのを感じます。みんな良い子なのだけれど、「この子達にはあまり実感はないんだろうな」という印象を受けます。

DUAL編集部 それはなぜでしょうか。

平田 僕が教えている大学には、中高一貫校などを出た、育ちの良い子が多いんです。すると、中学、高校という、人として一番成長する大事なときに、周りに貧乏な子がいない、障害者もいないという環境で育っている子ばかりです。さらに、親戚付き合いや近所付き合いも減っている。そういう環境で育った人達が、偏差値の高い大学を出て、官僚になって日本の中枢を占めつつあるわけですから、この状況には危機感を覚えます。

DUAL編集部 平田さんは「子育て中のお母さんが、昼間に、子どもを保育所に預けて芝居や映画を観に行っても、後ろ指をさされない社会を作ること」が少子化対策には必要だと述べられています。

平田 今の日本では、保育園に子どもを預けているお母さんが、レストランで普通に食事をしているだけで(保育園などに)通報されるなんてことが、現実にあります。芝居や映画に行く以前の問題ですよね。こんな社会は、本当に異常です。日本人は、いつからこんなにとげとげしい、ギスギスした民族になってしまったのでしょうか。

<span style="font-weight: bold;">平田オリザ</span> 1962年東京都生まれ。国際基督教大学在学中に劇団「青年団」を結成。戯曲と演出を担当。現在、東京藝術大学COI研究推進機構特任教授、大阪大学コミュニケーションデザイン・センター客員教授。2002年度から採用された国語教科書に掲載されている平田さんのワークショップ方法論により、多くの子ども達が、教室で演劇を創る体験をしている。戯曲の代表作に「東京ノート」「その河をこえて、五月」など。
平田オリザ 1962年東京都生まれ。国際基督教大学在学中に劇団「青年団」を結成。戯曲と演出を担当。現在、東京藝術大学COI研究推進機構特任教授、大阪大学コミュニケーションデザイン・センター客員教授。2002年度から採用された国語教科書に掲載されている平田さんのワークショップ方法論により、多くの子ども達が、教室で演劇を創る体験をしている。戯曲の代表作に「東京ノート」「その河をこえて、五月」など。