ショック療法が効くのは最初だけ

駒崎 子どもに対する投資に関しては、僕は借金をしてでもやるべきだという意見です。20年後には必ず社会にとってプラスになる成果が出る投資なので。ただ、先生もおっしゃるように、まだ長期的視点で社会的利益を考えるというコンセンサスが不足していますよね。このままシルバー民主主義が進んでいくと、ますます短期的合理性しか追求できない社会になっていくのではないかと危機感を持っています。

 日本社会が衰亡しないためにも、例えば子どものいる家庭には子どもの数だけ票数を与えるとか、中長期的合理性が政策に反映される仕組みをつくっていかないといけないのではないかと考えているんです。いかがですか?

阿部 私の意見としては、高齢者の方々が本当にそこまで自己中心的なのか疑問ですけどね…。「子どものための投資がこのままでいいのだろうか」という問題意識は少なくとも持っているのではないでしょうか。

駒崎 きっと総論としては賛成してくれるんでしょうけど、「ということで、あなたの年金をマイクロスライドかけて(※)減らしていいですか」となるとNOと言うんじゃないでしょうか?
※マクロ経済スライド=そのときの社会情勢(現役人口の減少や平均余命の伸び)に合わせて、年金の給付水準を自動的に調整する仕組み

阿部 確かにそこはシビアに判断するかもしれませんが、それは勤労世代も同じだと思うんですよね。勤労世代で子どものいない世帯もあるわけで、要は属性条件に依存する議論に終始してはいつになっても発展しないということ。結局は、誰にとっても納得できるロジックが必要なんです。

駒崎 そうですね、「保育園落ちた!日本死ね!」騒動で、「ざまあみろ」と言っているのは同じ若年層だったという話もちらほら聞きましたし。やはり、全世代を巻き込む総意としてのコンセンサスこそ重要だということですね。では、そのためにどんな戦略が必要になるのでしょうか。先生が2008年の『子どもの貧困』(岩波新書)以降、社会に対して発信されてきた啓蒙活動こそがそれだとは思うのですが。

阿部 そうですね。第一段階としては「子どもの貧困、さぁ大変だ!」と喚起するショック療法ですね。経済を重視する人達に対しては、労働力不足につながるロジックや、貧困層一人を社会が養うためのコスト負担を訴えたり、高齢者の方々には「あなたのお孫さん、大丈夫ですか?他人事ではありませんよ」と説得したり。ある意味“脅し”によって揺さぶる方法です。

 ただ、私が反省を込めて感じているのは、最初のショック療法はかなり効いたけれど、その結果として「とにかく自分の子どもだけは」と過剰な防御に走る親を増やしてしまったのではないかという実感です。お受験が過熱し、公立校は荒れ、ますます子育て費用はかさんでいく。高所得層であっても、「わが子の子育てで精いっぱいで税金負担はできません」という人が増えている。問題提起の難しさを痛感しています。

駒崎 年金の議論と同じですね。「年金破綻するぞ!」と脅す報道で、「じゃ、払うのやめて、自分の資産だけ守ろう」という人が増えるみたいな。ただ、何も知らないより、「6人に1人の子どもが貧困状態にある」と知ることで、行動が変わる人は絶対いるわけで。全世代の理解・共感を得るためにも啓蒙活動は引き続きやっていかないといけないと思います。

 あと、僕が始めているのは、様々な立場の有識者を集めてのロビー・プラットフォームづくりです。「全国こどものイニシアチブ」といった名称で英知と経験を集めてつなげていきたいと思っています。福祉業者だけでなく、アカデミックな研究分野、ビジネスセクターからも広く名を連ねてもらい、属性を超えた大きな声にしたいのです。よろしければ先生もぜひご参加いただきたいのですが。

阿部 もちろん名を連ねさせていただければ私もうれしいです。日本には政治に働きかけられるロビー活動の場がないと思っていたので、非常にうれしいお話です。

駒崎 心強いです。ありがとうございます。先生の研究から、引き続き学ばせていただきながら、社会活動をやっていきたいと思います。

阿部 頑張ってください。私は必要な数字を出すことに専念いたしますので、それを使ってください。今日の話題に出た、「子どもの貧困率を1%減らすのにいくら必要なのか」といった数字の規模が分かれば、議論が進んでいきますものね。

駒崎 はい。経済界の方々を巻き込むときには、やはり「KPIは何なの?」とゴール設定を聞かれるので、数字が明確になるとありがたいです。もう一つ、日経DUAL編集部から、「一般の親の立場として、できることは何ですか?」という質問を預かりました。

阿部 直接できて、かつ効果が高いのは、お住まいの地域の議員に働きかけることだと思いますよ。学校運営は自治体の政策なので、「うちの区の学童、不十分ですからちゃんとやってください」「一人親への負担軽減には何をしていますか」と訴えていく。そういった積み重ねで、地域レベルの貧困は解消に向かっていくはずです。

阿部彩
首都大学東京教授。専門は貧困・格差論、社会保障論、社会政策。タフツ大学フレッチャー法律外交大学院博士課程修了。主著に『子どもの貧困II-解決策を考えるー』(岩波新書、2014年)、『弱者の居場所がない社会』(講談社現代新書、2011年)など。厚生労働省社会・援護局 「ホームレスの実態に関する全国調査検討会」委員(2006~2008年)、内閣府男女共同参画会議 監視・影響調査専門調査会「新たな経済社会の潮流の中で 生活困難を抱える男女について」検討委員会委員(2008~2010年)、内閣府男女共同参画会議基本問題・影響調査専門調査会女性と経済WG専門委員(2011~2012年)などを歴任し、2011年より厚生労働省社会保障審議会臨時委員(生活保護基準部会)。

(文/宮本恵理子 撮影/鈴木愛子)