世帯年収1000万円以上の層は1割以下

駒崎 「親の収入で子どもの学力が決まる」とすると、格差が固定化し、子どもの子どもにまで続いていくという悪循環が生まれていきますよね。それを“自己責任論”で片付けようとする人もいますが、そもそもスタートがフェアじゃないことが認知されないといけないですね。

 いかに再分配するかというテーマになると思うのですが、「子どもに対する投資」への理解の浸透が不十分だと感じます。投資対効果で考えれば、非常に確実で合理的な社会投資だと僕は思うのですが。

阿部 子どもに対する投資は、最も収益性の高い投資であると私も思います。ただし、「長期で見る」という姿勢が大前提になるんです。年度周期のような短期で成果を見ようとしてもなかなか見えないものですし、そもそも子どもが育つのには20年かかります。数十年単位のスパンで成果を見る姿勢に立たないと、予算を捻出することすら難しいですね。

 日本の財政状況は厳しく、「ない袖は振れない」というのが実情ですので、「投資するための財源をつくるために皆で負担しよう」というコンセンサスを取ることが重要です。私が強調したいのはこの部分で、日本って実際にはかなり所得の高い層にまで中流意識が浸透しているんです。夫婦合わせて年収1000万円以上の層は全体の1割にも満たないんですが、当人達は「うちは中流」と思っている。

駒崎 世帯年収1000万円以上は1割に満たないんですね。

阿部 そうなんです。それくらい所得が高い層なのに、諸外国に比べても税金負担は少ないのです。そのことをまず知っておくべきですし、だから税収を上げるというときにもより多くの人が「皆で負担しよう」と考えなければいけない。国民全体の意思として「子どもへの投資は重要な課題だから、税収をここまで上げていいからしっかりお金をかけてください」と言わない限りは前に進まないと私は思います。

駒崎 より具体的に教えていただきたいのですが、子どもの貧困を解決するには何兆円くらい必要だと思われますか? 

 例えば、年金にかけている予算は52兆円で医療は40兆円。それに対して、子ども子育て支援制度の予算って7000億円なんですよね。桁が全然違います。「財源があるかないか」から議論を始めるより、子どもの貧困解消のためにいくら必要で、どこからつまんでこれるかを考えるほうが話を進めやすいのではないかと思うのですが、いかがでしょうか。

阿部 解消のために必要な金額については、まだはっきりと数値は出ていませんね。年金のような何十兆円という規模ではないことは確かです。仮に1兆円だとしても、どこをカットして捻出するのかというところは今のところ全然コンセンサスが取れていないですね。おっしゃる通り、数字の規模が明確になれば、寄り感が得やすくなりますね。

駒崎 例えば日本の子どもの貧困率は16.3%ですが、同じOECD加盟国のイギリスと韓国では9%台なんです。同レベルまで改善するとして7%の削減が目標になりますよね。7%削減のために必要な金額が出せたら、そこから日本の社会投資のポートフォリオの組み直しについて具体的に話せるようになると思うんです。例えば、消費税を1%上げるごとに税収2.5兆円増といわれますが、他にも相続税の課税対象を広げたり、高所得者層の配偶者控除を外したりとか、ソフトな増税の組み合わせで予算捻出ができるかもしれません。どういった方法であれば、子どもの貧困を解消できるのか、アカデミックな世界での議論が進んでいたらぜひ教えていただきたいのです。

阿部 正確な結論を導くには、精密なマイクロシミュレーションを要しますので、まだそこまでたどり着いていないというのが現状です。私達の仕事として、これから明らかにしていきたいと思います。

 必要な金額規模が明らかになった次の段階としては、具体的方法としての現金給付やサービス給付を国民全体に納得してもらわないといけません。駒崎さん達の働きかけもあって、今年度から一人親世帯に支給される児童扶養手当が増額(2人目以降の支給額倍増)されましたが、“本体”ともいえる1人目の支給(現行は月額最大4万2000円)を引き上げることができればかなり効果的でしょう。一人親世帯の相対的貧困率は54.6%(2013年)ですが、このパーセンテージが格段に下がると思います