空き缶が教えてくれた、東大合格よりも大切なこと

 東大の二次試験の前日、私達は家族で高速バスで東京へ向かいました。息子が不安なく実力を発揮するために、親がしてあげられることはこのくらいしかありません。

 バスに乗り込もうとバス停から少し離れた駐車場に車を止めた私達は、強風が吹く中、スーツケースを引きずりながらバス停へと歩いていきました。

 そのときです。強風にあおられて、どこからか空き缶が転がってきました。私の両手は荷物で塞がっていました。「あっ」と思った瞬間、私のすぐ後ろを歩いていた息子がその缶を拾い上げ、数メートル離れたバス停の脇にあったゴミ箱へその缶を捨てに行きました。誰が飲んだかも分からない空き缶をです。

 息子のその姿を見た瞬間、私は確信しました。

 「ああ、私の子育ては間違っていなかった」と。

 ――息子はなぜ、東大に合格できたのだろうか?

 高卒で、好き勝手な生き方をして、まともに勉強をしてこなかった私に、息子に教えてあげられることは限られています。だから、私は「教える」のではなく、息子自身が持つ可能性を引き出してあげたいと考えました。そのために私は、「子どもに安心感を与える」「子どもにしてほしいことは親自身が手本になる」「子どもに選択させる」の3つを常に心がけました。それが、私から伝えることができる「生きるすべ」だと思ったからです。そうやって、息子の成長を見守ってきました。

 でも、もし息子の成長よりも、私自身の「息子を東大へ進学させる」という欲のほうが大きかったら、息子に失敗を恐れず勇気を身に付けさせることはできなかったと思います。

 息子が東大へ進学したことが正しかったかは、正直なところまだ分かりません。でも、息子は失敗をしながらも、自分自身で人生を切り開いている。そう感じたとき、私は自分の人生にも少し自信が持てるようになりました。

(取材・文/石渡真由美、撮影/小川 聡、キッチンミノル)