――みどり保育園に通う子どもの中に、親から虐待を受ける子どもはいませんでしたか?

 当時はまったく気づかなかったのですが、50年後、S子ちゃんから聞いてびっくり。父親から日常的に暴力を受けていたというのです。エリートの典型のようなお父さんがアルコール依存症気味で、ごく軽いDVらしかったのですが、S子ちゃんは賢い、おしゃべりな子だったのに、お父さんのDVについては一切しゃべらないし、そぶりも見せませんでした。お父さんの機嫌が良くて、うれしかったことはいっぱい話してくれたのに。

 園長も私も、目を皿のようにして子ども達を日々見ていたつもりでしたのに、気が付きませんでした。S子ちゃんは、本当はお父さんのことを好きでした。子どもは愛する家族の不名誉なことは決して言いません。まったく尊敬に値します

 S子ちゃんは当時を振り返り、「子どもは絶対に、親の悪口は言いませんよ」と断言しました。お父さんは亡くなるとき、家族に最初で最後の一言「ありがとう」を言い残したそうです。

 どんなにお天気が悪くても保育園を休まなかったS子ちゃん。子ども同士で思い切り自分を解放して楽しく遊べる場所があったのは、よかったと思います。

 子どもに見えている世界は狭くて、家庭であれ、学校であれ、単なるコミュニティーの一つにすぎないのに、それが世界のすべてだと捉えがちです。そこで自分が受け入れられないときとても苦しい。

 家庭以外で子どもにとってのよりどころになる場所があれば、例えばつらい虐待があったとしてもなんらかの救いになれるのではないかとも考えます。その場所を、周囲の大人がいかに提供していけるのか。

 これは虐待の話ではありませんが、1970年代のドイツを舞台にした『かなしみのクリスチアーネ ある非行少女の告白』というノンフィクション本があります。ベルリンで暮らすクリスチアーネは中学生の少女。両親が離婚し、母親と母親の彼氏と3人暮らしをしています。家族から疎外されたような寂しさを埋めるため、ドラッグに手を出し、やがて麻薬、ヘロインに染まり売春もするようになる転落人生、そこからの再生を描いています。

 クリスチアーネは、最終的には社会復帰を果たすのですが、この少女を支えていく唯一のよりどころとなるのが、田舎町に住む母方の祖母。幼少期に祖母と過ごした田舎の風景と孫を愛する祖母の存在が、少女を立ち直らせるのです。