たとえば夜、家を空けるのは多くて月に3回程度。そしてそれは、すべて完全に仕事である。うちは頼れる親戚がいないので、明日ちょっと頼みます、というわけにはどうしてもいかない。家人も同業者で夫婦だけでやっており、自分の仕事のために家を空けるとそのぶん相手に負担にかけることになるので、お互いにわりに気を遣う。

 ならばシッターさん、という手もあるけれど、保育園にも行かせて親のどちらかが家にいるのに来てもらうのは、じっさいやってみるとあまり現実的じゃないんですよね。家にいるほうが、「いいよ、自分がみるよ……」となってしまう。結果、外出は、どうしても必要最低限になる。もちろん仕事以外は、まったくもって無理な感じ……。

「素の自分」の部分がすっかり消えている

「ええっ、たまに友達と飲んだりとかは……」とさらに聞かれたけれど、そんなこと、子どもが生まれてからした記憶がない。そう、会って話をしたり、夜、会食なんていって顔を合わせるのは、完全に仕事関係の方ばかりで、こう、子ども抜きで自分の時間を、たとえば友人と過ごすなんてこと、もう何年もしていないことに気がついたのだ。

 件の親友と会うのも2カ月に1度くらいで、主に子どもたちを遊ばせるのが目的になっている。保育園で知り合ったママ友も、子ども抜きで会うなんてことはない。仕事と子ども、このふたつの車輪をまわして生きていくだけで精一杯で、かつてはあったはずの、仕事でも親でもない比較的「素の自分」というか……いつのまにか、そういう部分がきれいすっかり、消滅していたのだった。

 育児の登場によって活動時間が半分以下になり、さらに仕事があるわけだから、こうなるのはしょうがない。しかしあらためて認識してみると、これがけっこう胸に迫るものがなくもない。最後に友達と電話でどうでもいい話をしたことさえ、思いだせない。子育てでもない、仕事でもないことで、誰かに会ったことも、もう思いだせない。人間関係のすべてが仕事の人間関係に置き換わり、仕事をしてない自分と付き合ってくれる人、はもうほとんどいなくなってしまっていることに気がついたのだった。そう、気がつけば、友達がいなくなっていた。わたしの人生からは、休日と友達が失われてしまったのだ。こういう人、わりに多いのではないだろうか。