仕事も子育ても、一生懸命頑張りたいのに、うまくいかずに疲れてしまう。そんなあなたに心理カウンセラーの下園壮太さんがくれる処方箋とは――。

     連載5回目は、きょうだいを等しく愛することができない、という悩みとの向き合い方について考えます。

    「親は子どもを愛するべき」という思い込み

     きょうだいのうち、ある一方の子だけとぎくしゃくする、かわいいと思えない、そんな感情を抱いたことはありますか。

     私がクライアントとお話をしていると、きょうだいのうち一方だけを「嫌い」と思ってしまう、と話される方はけっこういらっしゃいます。かわいく思えなくて、つい冷たくあたってしまう。きょうだい間で差をつけていて、子どもを傷付けているのではないかと苦しんでいる。そんなときに私は、まず「嫌いになってもいいよ」と、子どもを嫌う自分の心を認める、というプロセスが大事だと考えています。

     えっ、子どもを嫌うことを肯定してしまっていいの? と驚くでしょうか。

     かつての日本、つまり昭和20年代から30年代ぐらいは、子どもが7人、9人、といった子だくさん家庭は当たり前に存在しました。たくさん子どもがいると、性格も様々です。どうしても親と反りが合わない子もいるし、家を飛び出したり、親から勘当されたりする子も普通に存在しました。そんな子のことを親族や近所の誰かがかばったりして……。そういう家族の様々な形を目にすると、私などは「親子にも色々あるんだな」と子どもながらに感じたものです。

     しかし、今、子育てをしているDUAL世代の人達はそういった風景をあまり見ることなく育ってきたはずです。その代わりに強く思い込んでいるのが、「親は子どもを等しく愛するべき」という価値観ではないでしょうか。

     この価値観には、戦後、大きく変わった家族についてのとらえ方が関わっていると思います。

     かつての日本は農耕社会で、家族や地域が緩くつながっていました。親子の仲が多少悪くても、親戚や隣のおばさんといった「受け皿」が用意され、はじかれた子どもの居場所ができる、というケースも少なくはなかった。

     一方、欧米社会、例えばアメリカなどでは、家族は一つの単位として大きく価値付けがされてきました。ドラマ『大草原の小さな家』のように、夜は闇の中でオオカミがウロウロするような広い草原の中の一軒家で過ごしていたら、家族で力を合わせて生きるしかない。私の自衛官時代にも、日米共同訓練でみんなでお酒を飲んだりすると、米国人の隊員から決まって家族の写真を見せられ、「おまえはなんで持っていないのだ?」と不思議がられたものです。

     戦後、「家族を大切にする」という欧米の価値観が日本に浸透するとともに、「母親は子どもにしっかりと愛情を与えないといけない」という思い込みが強くなったと感じます。もちろん、母親が子どもに愛情を与えることは、とても大切なことです。スムーズにそれができるなら、こんなに素晴らしいことはないでしょう。

     しかし、だからといって「子どもを好きになれない」という気持ちがあったとしても、慌てて封じ込めなくてはいけないというものではない。好きになれないという気持ちは、それはそれで仕方がないことだと私は思っています。人間ですから、たとえ親子間でも好き嫌いはあるのです。

    写真はイメージです
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