フルタイムで働くために実家近くへ転居

 4歳の息子さんを連れて東京大学医学部附属病院リハビリテーション部に通院しているのは神奈川県藤沢市に住む堀川あゆみさん。

 堀川さんは大学卒業後、医療機器を扱う都内の企業で、研究者として勤務していました。結婚、そして双子の息子を出産した後も仕事は続けていたのですが、息子さん達が2歳になったころに、仕事と子育ての両立を図るのが難しいと判断し退職。現在は、週3回、実家に息子さん達を預けて、都内の大学病院で実験助手として勤務しています。

 片道2時間の道のりですが、自分がやりたい仕事をするために、住居を移すのはやむを得ない選択でした。今後、息子さん達が小学校に入学するころには、完全な社会復帰を果たし、フルタイムで働く計画です。「今後フルタイムで働くためには、やはり実家のサポートが必要だと考えました」と堀川さんは語ります。

 堀川さんが、実家の近くに移り住む決断を下した理由の一つは、双子の息子のうち、弟が左手の指に障害を持っていたからです。しかし堀川さんは、芳賀教授から話を聞くまでは、小児義手の存在すら知らなかったといいます。

「日本では、小児義手はほとんど普及しておらず、当時、私の周りに小児義手を導入している人は一人もいませんでした」

 堀川さんが小児義手を息子さんに導入しようと決断した最大の理由は、「子どもの可能性が広がるのではないか」と考えたからです。

大好物の納豆も一人で納豆パックを持ってご飯にかけられるように

 堀川さんが、最初に息子に導入したのは、装飾用義手でした。「装飾用」とは言っても、親指と人差し指の部分がクリップのようになっていて、その間を手で開いて挟めばものを持つことができるタイプのものです。とはいえ、挟めるものの大きさや厚みに制限があり、細かい作業を行うことができませんでした。

 そこで、2015年1月、息子さんが3歳2カ月になったときに、新たに筋電義手を導入します。筋電義手によって、息子さんはより様々なものを扱うことができるようになりました。

「筋電義手を導入して一番良かった点は、これまでは、口を使ったり、机やテーブルなど何かの上で押さえつけてやったりしていたことが、両手を使ってできるようになったことです。例えば、お菓子の袋を開ける、靴下をはく、はさみで紙を切る、洋服のファスナーを開閉する、ペンのキャップを開け閉めする、雑巾を絞るなどです。特に、はさみに関しては、これまで机の上に紙を置き、押さつけえながら切っていたのですが、筋電義手により、空中で切れるようになりました。また、納豆のパックを持って大好物の納豆をご飯にかけるのも一人でできるようになりました。改めて、私達の日常生活は両手を使うことを前提に考えられたものや道具であふれているということを実感していますね」

堀川さんの息子さんが使用している筋電義手
堀川さんの息子さんが使用している筋電義手

 その一方で、筋電義手を思うように動かせるようになるには、それなりの訓練やリハビリテーションが不可欠。筋電義手の場合、支給されて着けたら終わりではないのです。その点が、装飾用義手との大きな違いでした。

 堀川さんの息子さんの場合も、最初の1カ月間は、1週間に1度の、東大病院でのリハビリが欠かせませんでした。そのうち、2週間に1度、1カ月に1度と、その頻度は下がっていったものの、今後も新しい動作を覚える必要性が発生するたびに、リハビリは欠かせないとのこと。

 堀川さんは「息子にとってリハビリはとても楽しい時間」と言います。

「理由は、色々なことができるようになるたびに、リハビリをサポートしてくださっている作業療法士さんや義肢装具士さんが、『こんなことができるようになったんだ! すごいね!』と褒めてくれるからです。息子にとってリハビリは、自分がヒーローになれて、自信を持つことができる貴重な時間なのでしょう」

子どもの選択肢を広げてあげるのが親の務めだと思う

 しかし、幼稚園に通い始めると、変化が訪れました。最初のころは、筋電義手を装着させて幼稚園に送り出していたのですが、幼稚園の友だちからの「これ、何?」といった指摘を受けるようになったことや、外での泥遊びや水遊びの際には、筋電義手を外さなければならないという煩わしさから、幼稚園に着けていくのをいやがるようになったのです。

 さらに、猛暑が追い打ちをかけました。義手をしているとどうしても蒸れて、汗疹などができてしまうため、夏以降は、ほとんど装着しなくなってしまいました。現在は、家で、ご飯を食べるときなど以外は着けておらず、装着時間は1日当たり、1時間未満とのことです。

「最近は、片手だけでもさまざまな動作が器用に行えることを知り、義手の必要性をあまり感じなくなってきているようです」

 それでも堀川さんが筋電義手の導入に熱心に取り組んでいる背景には、やはり子どもの可能性を広げてあげたいという強い思いがあるからです。

「また、今は不自由なく色々なことが行えていたとしても、今後、小学校に通うようになれば、算数や国語、社会、理科に加え、両手を必要とする体育や図工などの授業が始まります。そのためにも、息子には、今のうちから筋電義手に慣れ親しんでほしいと思っています。筋電義手を使うか使わないかは、最終的には息子が判断することですから、無理強いをするつもりはありません。しかし、選択肢を広げてやることは、親の務めだと思っています」