四肢に障害を持つ人にとって欠かせない「義肢」。しかし、「義足」と「義手」では、大きく状況が違うことをご存じでしょうか。ないと歩行ができない「義足」に対して、「義手」は「なくても生活ができる」という認識が強く、海外では普及している「機能のある義手」の一部しか公的な支援の対象になっていないというのです。しかし、義手が「なくても生活できる」といっても、片手でははさみで紙は切れませんし、お菓子の袋を開けることもできません。一方、海外へ目を向けると、欧米では義手に対する公的支援は厚く、障害を持つ子ども達も、その目的に合わせた専用の義手を着けて、両手を使っての工作や鉄棒や跳び箱、野球などに積極的に挑戦しています。「正しい情報を一人でも多くの人が知ることが日本の状況を変える」と言う東京大学医学部附属病院リハビリテーション部・科の芳賀信彦教授と藤原清香助教、そして実際に義手を使っている子どもを持つ母親に話を聞き、小児義手の現状と問題点を探ります。

 現在、日本では、生まれつき手足のない子どもが、年間400人ほど生まれているといわれています。医学用語では「四肢形成不全」と呼ばれる障害で、その度合いは幅広く、四肢ともない子どもから、手の指が欠損している子どもまで千差万別です。

 日本は、最先端の医療技術を有しているので、「さぞや義手や義足に関しても、高機能なものが開発されて、使うことができるのだろう」と思いがちですが、実態はそれとは程遠いものです。

 義足に関しては、「歩行ができないと、生活に支障を及ぼす度合いが高い」との認識から比較的理解が深く、健康保険や障害者総合支援法の補助対象となっていて、費用の一部を負担するだけで導入することができます。ところが、義手に関しては、外観を重視した機能性のない装飾用義手の支給がほとんどであり、「なくても生活できる」との考えから、機能性のある義手はほとんど普及していないのが現状なのです。

 かたや、海外に目を向けると、欧米では、軍事的な背景もあって、高機能な筋電・電動義手(以下、筋電義手)が開発され、広く普及しています。中には、生後8カ月で筋電義手が支給されるという国もあり、子ども達は、成長の過程で、活動に適した義手に替えていくのです。

義手に関する日本と欧米との認識の格差

 そもそも義手にはいくつか種類があります。

 まず、義手自体は動かず、外観を補うことを目的とした「装飾用義手」、次に、肩の動きを利用して、手の部分を開閉することができる「能動義手」、そして、最も高機能で現在、技術の進展が目覚ましい「筋電義手」です。筋電義手とは、筋肉から生じる電気信号を利用して、手を握ったり開いたりできるというものです。さらに、跳び箱や鉄棒をしても壊れない義手や、楽器を演奏するのに適した義手など、ある目的に特化した「作業用義手」などもあります。

作業用義手を使用してアクティビティーを楽しむ子ども達。作業用義手を使うことで鉄棒や縄跳び、跳び箱もできるようになる(写真提供:東京大学医学部附属病院リハビリテーション部・科)
作業用義手を使用してアクティビティーを楽しむ子ども達。作業用義手を使うことで鉄棒や縄跳び、跳び箱もできるようになる(写真提供:東京大学医学部附属病院リハビリテーション部・科)

「日本の義手開発は、欧米に比べて非常に遅れていると感じています」と言うのは、長年、障害者スポーツにも取り組んできた整形外科・リハビリテーション科医で、2008年に開催された北京パラリンピックでは選手団本部役員も務めた東京大学医学部附属病院リハビリテーション部・科の藤原清香さん。「例えば、カナダやドイツでは、筋電義手の占める割合が義手全体の約70%を占めるのに対し、日本では、たった1%程度にすぎません」

 日本に比べ、欧米で筋電義手の普及率が高いのは、その製作費用の大部分が公的に補助されるからです。加えて、小児用に関しては、公的な補助で賄えない費用などをサポートする非営利団体もあります。

 一方、日本で導入されている義手のほとんどは装飾用義手で、現在でも、全体の約80%以上を占めています。装飾用義手と能動義手は、公的補助の対象にはなっているものの、装飾用義手はできることが非常に限られます。能動義手は機能は高いものの、その審美性や使いこなすための訓練施設が少ないこともあり、普及しているとは言い難い状況です。さらに、筋電義手やアクティビティ用の特別な義手は、公的補助が受けられないか、受けられてもそれに当たる審査のハードルが高いため、ほとんど支給されていないのです。

「なかでも小児用の筋電義手は、価格が150万円もするうえ、アクティビティ用の特別な義手と共に、現在のところすべてが輸入品で、また成長に応じて作り替える必要があるため、日本で導入できる施設は非常に限られていますし、現実に公的支給に至る例は、数年前までほとんどありませんでした」(藤原さん)

 現在、日本で小児用の筋電義手やアクティビティ用の特別な義手が普及していない理由としては、非常に高価格であること、それにもかかわらず、「義手は必要ない」との考えから、公的補助が受けられないこと、そして、義手を必要とする子どもの数は、現在、1万人に1人程度と、対象者がごく限られるため、受け入れ態勢が整っている病院が国内にほとんどないことなどが挙げられます。医師に加え、作業療法士や理学療法士、義肢装具士など、小児の義手を使用したリハビリをサポートするためのスタッフを用意することができないのです。藤原さんご自身も3人の子どもを持つ働く母親であり、もしも自分の子どもがそうだったらと、ひとごととは思えなかったと言います。