子育てから仕事から夫婦関係から社会問題まで、働く母とはなんと多くの顔を持って生きていることだろう。最愛の息子を育てながら小説家として活躍する川上未映子さんが、素敵も嘆きもぜんぶ詰め込んだ日々を全16回にわたりDUAL読者にお届けします。第8回のテーマは、「育児の渦中にいるお母さん」についてです。

 ふだんなら気にしないでいられる言葉も態度も、あの時期はすべてがむやみやたらに突き刺さり、でも時間が経った今でもやっぱりあれはどうかと思うよ……ってそんなこと、わりにあるよねって今日もフレシネを飲んで考えた。

 あれは息子が1歳になったばかり、思えば産後クライシスまっさかりの頃。歯科医院ではなく、公共施設で行われている歯科検診を受けた。子どもと母親の体は別物で、子どもの成長のすべてが母親のせいでもおかげでもないのに、どうしてなのか、その責任のすべてが自分にあると思ってしまう。

 身長や体重が平均よりほんの少しばかり低かったり少なかったりするだけで、「あのとき、ミルクもっと足せばよかったんじゃないのか」「もっと、やってやれることがあったのではないか」みたいな感じで──今思えば「気にしすぎやろ」と笑い飛ばせるような小さいことにも、いちいち自分を責めてしまっていた。

「磨けてない」とひとこと言い放たれてしまい

 だから、歯科検診はすごくどきどきした。生えてきたばっかりの歯をどれくらいどんなふうに磨けばいいのかもわからなくて、一生懸命やってはいるのだけれどちゃんとできているという自信がなかったし、ネットでみると1歳半で虫歯になったという赤ちゃんもわりにいたから、本当に緊張しながら、歯科医師に診てもらったのだった。

 先生も色々なタイプの方がいる。おなじ目線で話してくださる人、面倒臭がらずに説明してくださる人、そして、それとはまるっと逆な感じの人……。息子が診てもらった医師は順番待ちのときからびんびんに伝わってくる高圧的な雰囲気を醸しており、磨き残しの検査を終えた息子の口を覗いてひとこと、「磨けてない」と言い放った。