仕事には「一生をかける仕事」と「お金を稼ぐための仕事」がある──民間人校長・山口照美さんはキャリアについて話すとき、その点を強調します。好きなことで稼げる人はごく一部、家族を守るためには稼ぐ仕事が不可欠だからです。そして今の仕事を誠実に行うことは自分の将来に役立つ「貯金」となります。「でも好きなことは上手にできても、生活のための仕事は苦手なことが多くて……」と悩んでいる人には「苦手な仕事をパーツに分けてみる」ことを薦めるそうです。「仕事をパーツに分ける」とは?

 先日、日経DUALのイベントで「仕事と子育て」のトークショーに出演した(編集部注:WOMAN EXPO KOBE 2015で行われたトークショー(「人気連載陣が語る『子育ては大変!でも楽しい!~仕事と子育て 両立の秘訣~』」)。SPEEDの今井絵理子さんが、エレガントに手話で息子さんに通訳している姿は、親子の間に温かい糸がつながっているようで、美しかった。トークショーで話しきれなかったこと、特に今回は「仕事のスキルアップ」について、塾講師時代の話を書いておきたい。

2015年11月29日(日)、「WOMAN EXPO KOBE 2015」で行われた日経DUAL主催のトークショー『子育ては大変!でも楽しい!?仕事と子育て 両立の秘訣?』
2015年11月29日(日)、「WOMAN EXPO KOBE 2015」で行われた日経DUAL主催のトークショー『子育ては大変!でも楽しい!?仕事と子育て 両立の秘訣?』

「稼ぐための仕事」こそ、誠実にやる

 キャリアについて語る時、私はよく「右手にライフワーク、左手に飯の種」というキャッチコピーを使う。「一生をかけるべき仕事と稼ぐための仕事を、手放すな。」好きな仕事で稼げる人は、ごく一握りだ。家族を守るためには、お金にならない仕事に執着したり、選り好みをしたりしている暇はない。与えられている仕事は、誰かがやらなければならないものだ。責任を果たして初めて、報酬が出る。ただし、劣悪な労働条件やパワハラに甘んじるのは話は違う。そこも含めて、職場における自分の仕事を客観視しておきたい。

横浜の進学塾に呼ばれて、研修講師を務めた。塾業界と公立小の両方の現場を知る経験が活かせて嬉しかった。自分の経験やスキルが、他の業界や対象に役に立つかどうかという視点も持ってみてほしい
横浜の進学塾に呼ばれて、研修講師を務めた。塾業界と公立小の両方の現場を知る経験が活かせて嬉しかった。自分の経験やスキルが、他の業界や対象に役に立つかどうかという視点も持ってみてほしい

 昨日より今日、今日より明日の方が、いい仕事ができるよう成長したい。仕事の先にいる顧客や仲間に喜ばれたいと思えば、好きではない仕事でもスキルが上がる。気がつくと、「飯の種」が「ライフワーク」に昇華していることもある。だから、会社を利用していかに楽をするか、自分基準の発想しかない社員に出会うと悲しくなる。

 退職した時、あなたに残るのは何だろうか。今や、70歳近くまで働く人が増えている。人に教えられる経験とスキルが無ければ、退職後の仕事の幅は圧倒的に狭くなる。自分本位の仕事をしていれば、人脈も次第に途切れていく。今、誠実に仕事をすることは、将来に向けた貯金でもあるのだ。

 仕事ができるようになりたければ、自分の関わる仕事のスキルをパーツに分けることを勧める。営業なら「企画力」「プレゼン能力」「データ分析力」「書く力」「PCスキル」「コミュニケーション能力」「打たれ強さ」「共感力」「事務処理能力」などに分けられる。このうち、自分が得意としている力はどれか。今の仕事のやり方は、そのスキルを活かせているか。弱点をカバーするには何が必要か。

 知識なら、学べばいい。経験なら、実践を重ねるしかない。ベテランの経験談を聞き集め、持ちネタを増やすこともできる。絵が好きなら、イラストを使って説明すればいい。話すのが苦手なら、資料を充実させ「読ませる営業」を目指す。台本を書き、読むトレーニングを積んで苦手意識を取り除いてもいい。数字に強いなら、データ分析をして会社に貢献する。周りに提供する。やるべきことは、いくつでも見つかる。

苦手な仕事は「パーツに分けて」克服する

 私の最初のキャリアは塾講師であり、そこで管理職になった。国語の授業をするのは好きだった。子ども達の伸びる力を引き出し、アシストする。そのための教材や授業の工夫は苦にならない。「好き」がそのまま仕事になっている幸福な時間だ。しかし、仕事の100%が好きなパーツでできているわけではない。

 正直なところ、営業は苦手だった。特に営業電話は、冷たく切られるたびに心が折れた。そこで「営業すべてが苦手」「向いていない」と思ってしまうと、給料分の仕事が果たせない。営業のゴールは生徒を増やすこと。その目標から逃げるわけにはいかない。苦手を克服するにはどうすればいいか、考えた。

 自分が得意なのは、「書くこと」だ。そこで、冊子型で情報量の豊富なパンフレットを自作した。すぐに捨てられないよう、小中学生の指導内容を見通し、学習のコツを載せた。塾の前に置いたり、保護者が行きそうな歯医者・スイミングスクールなどに持って行ったりした。過去にあった反応リスト(チラシなどを見て電話をかけてきた、問い合わせリスト)に、手書きで一言添えて送る。「友だちが塾に行きたいって」と子どもに言われたら、「これ渡しといてあげて」と該当学年のページに付箋を貼って、すっと渡せる。

 電話を30本かけるぐらいなら、仕事帰りに100件、200件とポスティングできた。ポスティング用のチラシは、別に作る。言葉を精選するうちに、セールス文章が得意になった。後に、独立して起業した時に、コピーライティングのスキルが役だった。『売れる!コピー力(りょく)養成講座~ささる文はこう書く』(筑摩書房)という本も出している。学校に通ってコピーライティングを学んだわけではない。苦手な仕事をカバーするために試行錯誤し、実践で磨き続けた結果だと思っている。

必要な資料を探す力も、仕事の上で役に立つ。「町づくり」をキーワードに、新聞から探すワークを6年生とやってみた。作業の早い子、視野の広い子、友だちと協力する子など、個性が見られて面白い
必要な資料を探す力も、仕事の上で役に立つ。「町づくり」をキーワードに、新聞から探すワークを6年生とやってみた。作業の早い子、視野の広い子、友だちと協力する子など、個性が見られて面白い

 最終的には、電話や対面で「話す力」も営業には必要だ。そこでも「書く力」を応用する。営業トーク用の資料を手元に置き、調べながら話す。言い回しのフレーズをメモしておく。間を取ったりていねいな対応をしたりしながら、経験を積んでいった。実は、校長になった今も教職員の前で話すのは得意ではない。そこで、着任した月から「校長通信」を月に一回、職員会議の時に発行し続け、話す時のよりどころにしている。

 一見、バリキャリに見えるらしく、「あなたはできる人だから」と言われる。そんなことはない。ただ、小心なだけだ。人の反応が怖い、失望されたくない。だから、相手の期待値は超えたい。「ライフワーク」に比べて「飯の種」は一見軽く聞こえるが、〆切りにも成果にも責任がある。気の合う人とだけ働くわけではない。これほど、追い込まれる場はない。

「仕事がつらいなぁ」と思う場面で、「あ~鍛えられてるなぁ」とつぶやくと、ちょっと元気になれる。お試しあれ!