子育てに仕事にせわしなく追われながら日々繰り返される「日常」。ある小児科医がこれまでに出合った光景は、その何気ない「日常」がどれほど幸せなものなのか、立ち止まってかみ締め、向き合う機会を与えてくれます。書籍『君がここにいるということ』(草思社)に収録された5つの物語を、5回にわたってお届けしていきます。
 第1回である今回の主人公は、生まれた直後の検査で確率約1万分の1という希な病気「フェニルケトン尿症」が分かったきょうだいとその母親。母親の成長を通して、親であることの意味について改めて考えさせられます。

約1万分の1の確率でかかる病気

 小児科医をしている中での大きな喜びは、自分が関わった子どもたちが成長していく姿を見ることである。未熟児だった子が数年後再会したときに、ナマイキな口をきいていたりすると、命の尊さと不思議をしみじみ感じる。

 毎年患者さんからもらう写真入りの年賀状も楽しみのひとつだ。写真の中で年々大きくなっていく子どもたちを見ていると、遠くから我が子の成長を見守るもうひとりの父親のような気持ちになる。

 そんな年賀状の中で、とりわけ思い出深いのは、石田さんからいただく年賀状だ。石田さんの最初の子である大樹くんは、生まれた直後に行う検査で、フェニルケトン尿症と診断された。

 フェニルケトン尿症とは、フェニルアラニンというある種類のアミノ酸を分解できない遺伝性の疾患で、分解できないアミノ酸が体の中にどんどんたまってしまうことで、脳に知的障害が生じる。障害が出ないようにするためには、その特定のアミノ酸を含まない特別なミルクや食事を摂り続けなければならない。しかし、この特定のアミノ酸はほとんどすべての食材に多少は含まれているので、食事の管理は並大抵のものではない。そのため、食事はものすごく制限される。食材ごとに1日に摂取していい量を覚え、厳密に守らなくてはならないのである。

 フェニルケトン尿症の原因となる遺伝子を持った人は、男女ともにおよそ50人に1人いると言われている。その50人に1人という男女がたまたま出会い、結婚したとしても、間にできた子どもが必ずフェニルケトン尿症になるわけではない。劣性遺伝なので、発症する確率は4分の1になる。

 つまり、1/50×1/50×1/4になるので、確率的には生まれてくる子ども全体の1/10000(約1万分の1)がフェニルケトン尿症になるという非常に希なケースなのである。