どのような神様のいたずらか

 私が転勤になって3年が過ぎた頃、昔の職場の同僚から大樹くんに妹ができたという話を聞いた。ところが、どのような神様のいたずらなのか、妹も大樹くんと同じフェニルケトン尿症だったというのである。それを聞いた私は驚き、ショックを受けた。

 両親がフェニルケトン尿症の原因となる遺伝子を持っていれば、確かに4分の1の確率で同じ病気になるのだが、2人も続けてとは……。

 大樹くんが入院したとき涙していたお母さんの姿が思い浮かび、今度会ったらどんな言葉をかけたらいいのだろうかと、私は思い悩んだ。

 その後しばらくして、偶然お母さんにお会いしたとき、言葉を探して言いよどんでいる私をよそに、大樹くんのお母さんは笑顔でこう言った。

 「先生、私は妹も大樹と同じ病気でよかったと思っているんです。だって妹が普通の子だったら、大樹だけ特別食で家族とは別メニューでしょ? もしそうなったら、大樹がかわいそうじゃないですか。どうせなら家族みんな同じ食事を囲みたいじゃないですか

 その言葉を聞いて、私はハッとした。そこにはあのとき不安に揺れて涙したお母さんの姿は微塵も感じられなかった。子とともに成長した、たくましい母親の姿だった。

 「親になるということは、こういうことか」と私は深く感動した。

 そして妹もフェニルケトン尿症だったことでお母さんは悲しんでいると決めつけていた自分を恥じた。あのとき花マルをくれたお母さんから、今度は厳しい赤点をもらったような気がした。

 私が親になるのはそれから7年後のことなのだが、あのとき私は「自分の子どもがどんな子であれ、その子をまるごと受け入れよう。全力で愛し抜こう。それが親になる覚悟を持つということだ」と、大樹くんのお母さんから学んだのである。

 毎年届く大樹くんと妹が仲良く並んだ年賀状の写真を眺めるたびに思う。大樹くんの年齢はそのまま私の小児科医としての年月でもある。

(イメージ写真/鈴木愛子)

緒方高司
1960年大阪生まれ。1982年東京大学工学部卒業。1984年同大学院工学系研究科土木工学専門課程を中退し、同年和歌山県立医科大学入学。卒業後、同大学小児科学教室入局。有田市民病院、和歌山県立医科大学付属病院小児科助手等を経て、1996年和歌山県南紀福祉センター(重症心身障害児施設)に着任。同附属病院小児科医長を務める。2001年大阪府内にて医院を開業、現在に至る。

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