2ヵ月後に無事に退院

 大樹くんは、私が研修医になってまだ2ヵ月くらいのときに入院してきた。

 治療は、特別なミルクを与えて体の中のアミノ酸が正常になるようにコントロールすることが目的だった。大樹くんのお母さんは待望の赤ちゃん誕生の喜びに浸るまもなく我が子が入院することになり、不安な気持ちは相当なものだった。

 我が子の容体や、今後の食事制限を考えて涙ぐむお母さんを慰めるのも、主治医である私の仕事だった。

 幸い良好なコントロールで大樹くんは体重もぐんと増え、2ヵ月後に退院できることになった。退院の日に、私はお母さんから手紙をもらった。封筒には「大樹にとって病院のお父さんである先生」と書かれてあった。

 もし医者に通信簿があるとしたら、大樹くんのお母さんから「よくできました」の花マルをもらったような気持ちがして、なんだかとてもうれしくなったのを覚えている。

 フェニルケトン尿症による食事療法は、脳細胞が成熟する成人頃までは厳密に続けなくてはならない。そのため退院してもお母さんの食事の苦労は続いた。ミルクだけでなく、離乳食、幼稚園のお弁当、給食に至るまですべて特別なものをつくらねばならないのである。外食やおやつにも気を使う。その心労は相当なものだったはずだ。

 しかし、外来で時々出会うお母さんは、そのような苦労を少しも感じさせず、心から育児を楽しんでいるようだった。