病気の子を治してあげるお医者さんになりたい

 検査の結果、由香子ちゃんの白血病は治りやすいタイプの白血病であることがわかった。

 主治医も、お母さんも、希望を持って治療を開始した。抗がん剤治療を始めると髪の毛が抜けるということを知らされて、由香子ちゃんは不安そうな顔をした。

 「髪の毛はまた生えてくるから、心配ないよ」

 看護師が由香子ちゃんの手を握りながら優しく励ました。

 「違うの。由香子の髪の毛がなくなったら、ママも髪の毛を切って『ぼうず』にしちゃうんじゃないか心配なの。ママの長いきれいな髪の毛、由香子は大好きだから」

 由香子ちゃんは、自分のことではなく、お母さんの心配をしていた。それをそばで聞いていたお母さんは、一瞬、顔をゆがめて泣きそうな顔になったが、すぐに笑顔をつくって由香子ちゃんに言った。

 「じゃあ、ママは髪切らないでいるわね。ママの髪の毛を由香子ちゃんにあげるね」

 由香子ちゃんは、絵が上手だった。同室になった同じ病気のお友達や、医師や看護師の似顔絵をたくさん描いていた。私は、由香子ちゃんと同室の、自分が主治医になっている患者を回診しに来たときは、隣のベッドの由香子ちゃんの絵をいつも見せてもらっていた。見せてもらいながら、私は由香子ちゃんに聞いてみた。

 「由香子ちゃん、絵が上手だね。将来は漫画家になったら?」

 由香子ちゃんは言った。「由香子は、お医者さんになりたい! そして、病気の子を治してあげるの。由香子みたいな病気の子を元気にしてあげたい」

 「そうかあ。じゃあ、由香子ちゃんがお医者さんになるのはちょうど20年後だから、オレ、まだこの病院にいるかなあ。もしいたら、由香子ちゃんもこの病院で、一緒に働こうね」

 由香子ちゃんは、まっすぐに私を見て瞳をきらきらと輝かせながら、「うん!」と大きくうなずいた。

 白血病の治療は、数年かけて入退院を繰り返しながら抗がん剤を定期的に何回か投与して、無秩序に増殖しようとする白血病細胞を根絶やしにしていく治療である。

 由香子ちゃんの最初の抗がん剤治療が終わった。血液の中の白血病細胞を抗がん剤で駆逐した後で、正常な細胞が立ち上がってくるはずなのだが、由香子ちゃんの場合、正常細胞の回復が最初の予想より悪かった。それでも、なんとか順調に治療は進んでいった。

白血病が再発し、再び入院

 3年後、順調だったと思われていた由香子ちゃんの白血病が再発した。由香子ちゃんは7歳になっていた。私はそのとき、研修医期間を終えて臨床研究医として大学病院に籍を置いており、由香子ちゃんと再会した。臨床研究医とは、文字通り、病棟で患者さんの主治医となって治療する臨床医としての仕事をしながら、医学的な研究もするという立場である。

 再び入院してきた彼女はさぞ気落ちしているかと思っていたら、相変わらず明るくて楽しい子であった。絵を描くのが好きなのも、変わっていなかった。絵は一段と上手になっていた。

 私は、由香子ちゃんと絵を見ながらおしゃべりするのが大好きだった。由香子ちゃんは、「これは遠足に行ったときの絵。これは、家族で動物園に行ったときの絵」などと、解説してくれた。私は、由香子ちゃんと絵の話をしながら、聞いてみた。

 「由香子ちゃんは前にお医者さんになりたいって言ってたの、覚えてる? 今もお医者さんになりたい?」「うん。でもそのためには、いっぱいお勉強しなきゃいけないって、ママが言ってた。先生はいっぱいお勉強した?」「まあね。だけどがんばり屋の由香子ちゃんなら、大丈夫だよ。お医者さんになってほしいよ。でも、病気になったせいで学校を休まなきゃいけないから、みんなと一緒に勉強できなくて残念だよね」

 由香子ちゃんは、ちょっと考えるそぶりを見せてから、言った。

 「私がお医者さんになりたいって思ったのは、私が病気になって入院したからなの。病気にならなかったら、お勉強しようって思わなかっただろうから、病気になってよかったのかもね

 7歳の女の子とは思えない肯定的な言葉に、私は驚いた。

 神様、どうか彼女の夢がかないますように。私は祈った。そして、何か不吉で禍々しい予感が立ち上がってくるのを必死で振り払った。