小沢さんにインタビューをお願いすると、「では赤坂の砂場で」とおっしゃった。根っからのそばっ喰いだった小沢さんと食べた砂場のそばもおいしかった。そのとき、小沢さんから「抜き」という言葉を教わった。天ぷらそばのそば抜きのことで、赤坂砂場では温かいつゆの中に小エビのかき揚げが浮かんでいる。これをつまみに日本酒をいただくわけだ。

 「日本橋の旦那衆あたりが昼下がりにぷらっと来て、抜きでお酒を一杯って始めたんでしょう、そばなんざ、いつでも食えるから食わないって、粋だね」と例の名調子で語ってくださった。そばのこともそば以外のこともあれこれと。

年長者に話を聞くならそば屋で

 思えば、そば屋というのはそんな大人の話を聞く場所として最適な所だ。これまで私も様々なシーンで年長者とそば屋談義をした思い出がある。若いときはすし屋のカウンターは緊張して萎縮してしまうが、そば屋の隅のテーブルや小上がりは、年長者を前にしたときでも妙に落ち着く。きっと相手もそれを見抜いての心遣いだったのだろうと思う。

 「確かに、時間の流れがゆったりしていて落ち着いて話せるね」と目の前の息子。ちょっと放っておいてくれる感じが心地いいのだ。そば屋と鰻屋は待つのも味のうちだ、と息子が小さなころから教えてきた。そばも鰻も一番いい状態で出すために準備に時間がかかる。そのために酒の「あて」がある。お酒を飲みながらゆっくりと待つわけだ。

 といっても、そば屋で酒の「あて」として頼む定番の板わさや卵焼きも、さらには焼き味噌さえも、ぺろりと平らげてしまうような息子達がとても理解しているとは思えなかった。それが今、大人になって熱燗を前に卵焼きをつまみつつ、じっくり話せるようになったかと思うと感慨深い

まっとうなそばとそば職人について話した後だから、ちょっと真剣にそばに対面する息子
まっとうなそばとそば職人について話した後だから、ちょっと真剣にそばに対面する息子