いろんな考えがあると思いますが、そのときは「手話を教えると手話に頼って、自分の口や声でしゃべることをしなくなってしまうから」ということでした。「社会に出たときに自分で話す」ことを優先するなら、手話は禁止ということだったのです。

 せっかく身につき始めた口話法をやめて、手話を学ぶことで、礼夢は混乱しないだろうか。私のほうだって、ちゃんと手話を覚えられるだろうかとまた悩みましたが、コミュニケーションの方法は一つだけじゃなくていいはず。そう思っての決断でした。

 それから、ろう学校を見学に行きました。

 そのころ、都内にはろう学校が4校ありました。教育体制や方針は学校によって様々で、一貫教育で大学受験を目指す学校もあれば、手に職をつけることを目指す学校もあったり。寄宿舎のある学校もありました。

 学校選びで私が重視したのは、礼夢が毎日笑顔で、伸び伸びとお友達と遊ぶことができそうな環境でした。とにかく学校を回っては、先生方とお話をし、学校の雰囲気を観察しました。そして3歳のとき、礼夢はあるろう学校の幼稚部に入学しました。

先生方のすごさを知った「トイレトレーニング」

 先生方の教えはすごい! そう思ったのは、入学してしょっぱなの「トイレトレーニング」。

 実は礼夢、3歳になってもおむつをしていました。それは私が、おむつをはずそうと思いながらも、トイレに行きたいときはどうすればいいかを、礼夢にどう伝えたらいいのか分からずにいたからです。「おしっこがしたくなったら」って、なんて伝えたらいいんだろう。「トイレ」「おしっこ」「うんち」という言葉をどう理解させたらいいんだろう……。悩んでいる間に時が過ぎ、おむつはずしができないままでした。

 ところが、入学式で先生に言われたのです。「おむつははずしてきてくださいね」。「絶対無理、おもらしする……」と不安がる私に、「大丈夫!」と先生。

 そして1カ月後、礼夢が手話で「ト・イ・レ」と言ってきたときにはびっくりしました。学校で何度もおもらしをしていた礼夢に、「おしっこしたいときはトイレだよ」と根気よく教えてくれた先生のおかげで、ついにおむつがはずれたのです。先生方に心から感謝すると同時に、そうか、教育ってそういうことだよね、自立して生きていくために学ぶことなんだよね……と、親として背筋が伸びる思いでした。

 礼夢の手話はめきめき上達し、6歳になったころには「ママ、その手話は間違ってるよ」と注意されることもしばしば。今、礼夢は基本的に手話で会話します。でも、「おいしい」って声で言うときもあります。彼には、手話や口話法だけでなく、いろんなコミュニケーションを知ってほしいなと思うのです。