千葉市と千葉大学が2010年から共同で実施している、子どもが自分達の力で「起業」を経験する「西千葉子ども起業塾」。2015年は6月から10月にかけて、月1回のペースで開催されました。会社から与えられた仕事を子ども達が体験する従来の「職業体験」と、この起業塾が大きく異なるのは、「シープ」と呼ばれる擬似通貨を用いたお金の流れがあること。クライアントの依頼に応えるため、子どもだけで会社を立ち上げ、銀行から融資を受け、最終的に黒字を目指すのです。
 今回のクライアントは、千葉市に工場がある鉄鋼メーカーのJFEスチール。「工場の特別見学会を盛り上げてほしい」と依頼され、子ども達は3カ月かけて準備を重ねました。9月12日、イベントは大盛況のうちに終了(その様子は前回の「小学生の作った会社がJFE工場見学をプロデュース」参照)。そして訪れた最終日、いよいよ結果が判明します。はたして黒字を出せたのでしょうか?

前編 職業体験ではなく、子どもの力で「起業」する塾
中編 小学生の作った会社がJFE工場見学をプロデュース
後編 運命の決算日!小学生が作った会社は黒字を出せたか

報酬金額を予想して自分達の仕事ぶりを振り返る

 10月3日の朝、場所は千葉大学のとある教室。清々しい秋晴れの下、子ども達が設立した「MOSO社」と「HKS 社」の社員が一堂に会しました。特別見学会という山場を越えて緊張がとけたのか、子ども達の表情は少し和らいだよう。この日はいよいよ2015年版「西千葉子ども起業塾」の最終日です。

 イベント終了=任務完了というわけではないのも、起業塾の数ある特色のうちの一つ。締めくくりには、融資を担当した千葉銀行の立ち会いのもと決算が行われます。

 そうです、このプログラムの最終目標は、クライアントに満足してもらったうえで黒字を出すことなのです。

 朝礼で黒板の前に立った塾長の梶隼人さんが「黒字か赤字か、泣いても笑っても今日結果が出ます」と告げると、子ども達の顔が一瞬にして引き締まりました。

これまでの仕事を振り返り、緊張した面持ちの子ども達
これまでの仕事を振り返り、緊張した面持ちの子ども達

 決算に際し、まずは各社報酬金額を予想。JFEスチールが設定した項目に沿って、金額を予想していきます。具体的な内訳は以下の通り。クライアントの満足度が100%であれば、カッコ内の金額がまるごと支払われます。

①基本報酬:お願いされたお手伝いを完璧にこなす(50,000シープ)
②おみやげ基本報酬:クライアントの希望通り、おみやげを100個納品する(100,000シープ)

 場合によって、以下のボーナスが加算されます。カッコ内は上限となる金額。

③おみやげボーナス1:商品のアイデアを買い取りたいとクライアントが思う(~40,000シープ)
④おみやげボーナス2:昨年の起業塾で作ったおみやげよりクオリティが高い(~60,000シープ)
⑤接客ボーナス1:笑顔ができていたか(~20,000シープ)
⑥接客ボーナス2:見学客に対する積極性(~20,000シープ)
⑦接客ボーナス3:自分達ならではの工夫したおもてなしができたか(~60,000シープ)
⑧JFEスチール・和崎正二さんからの特別ボーナス:和崎さんがどのくらい満足したか(上限なし)

融資をしていた千葉銀行の職員も駆けつけ、大人達と同じように融資金の返済を受ける
融資をしていた千葉銀行の職員も駆けつけ、大人達と同じように融資金の返済を受ける

 千葉大学経済人倶楽部「絆」の会長で、実際に社長として会社を経営する平賀祐二さんは、初回から活動を見守ってきた一人。毎回のように、その経験談から生のアドバイスを子ども達に送ってきました。「報酬金額予想はクイズではないんだよ。目標に対して自分達がどれくらい頑張れたのか、客観的に知ることが大事なんです」。平賀さんの言葉に強くうなずく子ども達。

“B to B”で子どもの「頑張り」を正当に評価

 MOSO社は、模造紙大の報酬金額予想シートをみんなから見えるように黒板に貼り出し、ひとつひとつ項目を詰めていきました。「じゃあ、まずは基本報酬ね。やってほしいって言われたこと、10段階で言うとどれくらいできたと思う?」と社長の織戸駿哉くん。それに対し、社員が「5!」「自分は3だと思う」と意見を出し合います。みんなの納得する値を話し合いで決め、予想金額を計算するという寸法です。

報酬金額を予想するMOSO社。当日の接客でうまくいかなかった点があったため、自己評価は少し低めだ
報酬金額を予想するMOSO社。当日の接客でうまくいかなかった点があったため、自己評価は少し低めだ

 HKS社は報酬金額を予想した後、黒字か、赤字かというところまで計算してみることに。どうやら、おみやげの経費を間違え、3万シープに押さえるべきところを18万シープにしてしまったことが引っかかっていたようです。みんなで予想した報酬金額に、会社の金庫に残っている現金(シープ)を足し、そこから銀行に返す融資金、梶塾長に返す出資金を引き算。計算式の答えを確認し、社長の李琅瑛(り・うんよん)さんが「赤字!」と発表すると、社員は「えー! ウソー!」と心底悔しそう。

 ちなみに「職業体験」として一般的なのは、子どもが店員として店に立ち、お客様に商品を販売するというものです。これは“B (Busines) to C(Consumer/Customer)”というカテゴリに分類される商取引。一方、「西千葉子ども起業塾」で体験できるのは“B to B”で、つまり企業間で行う商取引です。

「“B to C”だと、お客にあたる大人はつい買ってしまったり、どうしても子どもに甘くなってしまいます」と言うのは起業塾を統括する千葉大学教育学部の藤川大祐教授。「しかし、それでは正当な評価とはいえません。大切なのは発表の現場だけではなく、そこに至るまでも含めた子ども達の”頑張り”を評価してあげること。“B to B”形式にすることで、継続的に活動を見ている大人達が公平な評価をすることができます」