当日の井の頭公園は、休日を楽しむ家族連れやカップルが昼間の日差しが残る中、思い思いに過ごしている。公演場所はある程度シートなどで囲ってはあるものの、始まる前は当然、行き来もできるので、準備中の役者さん達や演奏家さん達の様子も見える。
セリフの練習に余念のない役者さんを見て、「なんだか映画のセットの中に迷い込んだみたいで面白いね」と下の息子。そうなのだ、芝居を観るってことは進んで迷子になるような体験だと思う。不安とないまぜになったワクワク感を存分に味わうのだ。
楽しんだ、そして考えた
普通のお芝居なら照明が落ちてから、幕が開くのだが、野外劇はいつの間にか始まっていた。公園を散策する人の間から登場人物が現れ、セリフをつぶやきだす。ざわついていた観客席が静まり、意識が集中していくのが感じられる。役者さんはこの集中力に真正面からぶつかるわけだから、すごいと思う。
『泥リア』は娘達に疎まれた認知症の老人が、家を出てさまよう中で、記憶や夢想が交錯し混迷の世界へ突き進んでいくという物語。2011年、震災の年に初演され、今回野外劇として生まれ変わって再演された。シェークスピアの『リア王』を知っていなくても構わない。
役者さん達は本物の泥にまみれる。泥と格闘し、泥をいとおしみ、泥に涙する。泥は記憶の泥でもある。泥の中に埋もれたものを掘り出し、できれば命を再び吹き込んでやりたい。そんな魂の叫びが聞こえてくるような舞台だった。