交渉において、自身の感情を正しく認識し優先順位をつけるには、自分が望んでいることを3段階に分けて考える方法が有効です。

(1) 一番欲しいモノ、ゴールは何か
 わがままと思われる不安、嫌われるかも、という心配はまず横に置いて、本当に自分が欲しいもの、できたら、無理だと分かっているけど得られたらいいなぁ、と思える高いゴールを設定してみてください。相手が受け入れてくれないのは当然だとしても、またあなたの頭の中に住む評論家(あなたのお母さんや模範的な自分自身)からダメ出しされそうだとしても、それらの意見は後で聞くことにしておいて、まずは自身の素直な欲求を認識してください。

(2) BATNAを考える
 BATNA(バトナ)とは交渉用語で "Best Alternative To a Negotiated Agreement”の略です。分かりやすく言うと、「(1)のゴールが受け入れられなかったときの最良の代替策」です。あなたのゴールは欲張り過ぎだ、と言われた場合、自身が満足できるレベルの代替案を交渉前に設定することが重要です。

 先ほどのアップルパイのW-W交渉 パターン1の例でいうと、Bさんのゴールは目の前のアップルパイを全部食べること、BATNAが別のアップルパイを買ってくる、ブルーベリーパイかドーナツにする、自分でチェリーパイを作る、です。BATNAはできるだけ多く考えてみましょう。ただし、BATNAを設定するには自身の欲求を正確に知らなくてはなりません。この交渉では、「空腹をスイーツで満たす」が真の欲求でした。でも、真の欲求が「相手の反応によって自分がどれだけ相手に尊重されているか知りたい」であった場合は、当然BATNAの内容も変わるわけです。

(3) WATNA "Worst Alternative To a Negotiated Agreement"(ワトナ)を考える。
 WATNAはBATNAに対応する造語で、「全部受け入れられなかったときの最悪の事態の代替案」を意味します。通常使う言葉で言うと、ボトムライン、最低限のお願い、という感じでしょうか。これもあらかじめ設定しておくとスムーズな交渉ができますし、ワトナさえ得られないなら交渉をやめる、とあらかじめ線引きすると不利な状況で合意するリスクを排除することができます。

 ただ、思慮深く慎ましやかな多くの方は最初からワトナのみを設定し「ワトナさえ得られればいい」と思っている場合があります。それは遠慮や慎ましさ、と考えている方もいますが、W-W交渉において遠慮や慎ましさは美徳ではありません。

 なぜなら、自分がワトナのみを得ることで相手に交渉に勝たせる、という考えはW-L交渉の考え方であり、W-Wではありません。ワトナを得られればよい、と交渉を避けていると交渉スキルは身に付きませんので、ワトナさえも得られないことがあります。そして何よりW-W交渉は、自分が勝つのと同じくらい相手を勝たせる、ことですから、自分がワトナだけでよい、のであれば、相手にもワトナしか与えない、ことを意味します。

 自分と相手が共に自分達のゴールへ到達することを一緒に考え協力することがW-W交渉です。よって、あなた自身の欲求を小さくするのではなく、自分の欲求に忠実になりどうやったらゴールにたどり着くのか、と考えることが相手の欲求を満足させるために必要なのです。

交渉スキルが身に付くと、人間関係のモヤモヤが解消

 ちなみに交渉スキルが身に付くと、周囲との摩擦が無くなり、自分の要求がスムーズに通るようになるわけですから、今あなたが持っているあらゆる人間関係のモヤモヤが解決されることになります。

 例えば仕事上では…
●上司が望むような仕事ができる、評価される
●同僚、仲間を巻き込みチームとして仕事ができる
●残業せず定時に帰っても認められる
●部下のモチベーションを高くする
●会議で自身の意見を聞いてもらえる
●仕事を効率的に処理できる などなど。

 そして家庭では…
●パートナーと建設的な話し合いができる、そしてラブラブになれる
●怒らない育児ができる
●自分の感情とも向き合うためむやみに怒ったりカッとなったりすることが減り自己嫌悪にも陥らなくなる
●子どもの国語力、共感能力、コミュニケーション能力を鍛えることができる
●子どもに問題解決方法を提示することでチャレンジ精神を鍛えられる
●母親との確執が収まる、義母、義父と良好な関係になれる
●自分を含め家族みんなが幸せになる、などなど。

 一方で、交渉スキルは悪いことに使うこともできてしまいます。詐欺師はみんな交渉上級者ですから、交渉を知ることは、詐欺から自分の身を守ることでもあります。言うまでもありませんが、皆さんは交渉をご自身と周囲の方を幸せにすることを目的としてのみ使ってくださいね。

 次回はオフィスで起こりがちなW-L交渉をW-W交渉に変える方法、交渉力を使った上司に評価される仕事術についてご説明したいと思います。