精子は採取した直後に凍結しなければいけない

―― 精子の凍結保存の話に戻ります。精子を採取したら、その直後に凍結するものなのでしょうか?

黒田 はい、採精してからすぐに凍結作業に入らないといけません。精子は時間が経てば経つほど「先体反応」といって、卵と接着するための機能が自然力で発現するように、細胞の形態的変化が起こってきます。射精した状態のまま、2時間も3時間もいるわけではありません。

 また、通常の性交渉だと、精子が空気に触れることはありません。でも、治療だとマスターベーションで採精するので空気中に精子が置かれます。それで生体の中のメカニズムからズレが生じるわけです。そこも考慮しなければいけません。

―― それほどタイミングが重要であるにもかかわらず、自宅での自己採取を許可する医療施設があるのですね。

黒田 そうです。自宅採精は絶対ダメです。特に夏は、精液の中に入っている雑菌が繁殖するというリスクもあります。

―― 少し話が戻りますが、なぜ精子の一番外側の細胞膜が剥がれるのでしょうか?

黒田 精子の一番外側の細胞膜には「糖鎖(とうさ)」と呼ばれる“手”みたいなものが伸びていて、そこに卵子の“手”がくっつく。そのときにカルシウムイオンの細胞内情報伝達物質が活性化される。これがトリガーになって精子の一番外側の細胞膜が取れて、先体というものが露出し、そこでカルシウムイオンのやり取りがなされて受精していく。その一連の動きを先体反応といいます。

―― 精子もまるで一人の人間であるかのように、生きているのですね。

黒田 そうなんです。卵子は水分含有量が多くて凍結保存には向いていないと説明しましたが、培養液の中に入れて、pHや温度を管理すれば、採取した後に一定時間放っておいても問題は無い。その点では、精子の凍結保存のほうが難しいとも言えるのです。

(取材・文/日経DUAL編集部 小田舞子、撮影/鈴木愛子)