苦労して凍結しても、その卵子で妊娠できる確率はたったの1%

―― ヒトの場合、凍結保存しておいた卵子で妊娠する確率はどの程度のものなのでしょうか?

黒田 凍結保存しておいた卵子でヒトが妊娠する確率は、1%あるかないか。つまり、100回体外受精して1回受精する、という確率の低さです。これまでに、ある自治体が卵子の凍結に助成金を出すという報道もありましたが、私は賛成できません。「卵子を取っておけば大丈夫」と若者達に誤解させてしまうだけです。

 繰り返しますが、例えば45歳になって、自分が25歳のときに凍結保存しておいた卵子を使っても、妊娠する確率は限りなくゼロに近い。しかも、正常な妊娠ができる保証はどこにもないのです。私の病院の患者様も、卵子は誰一人として凍結保存していません

 ART(生殖補助医療)を行う施設では、胚(受精卵)の凍結保存を行っています。一方、未受精卵の凍結保存はまだ実験的な治療です。

 細胞を凍結するときに、その体積は重要な要素となります。ヒトの卵子は直径約0.1mmで、ヒトの細胞の中で最大です。実際、肉眼で見えるほど大きいのです。細胞を凍結するときは、精子の項(「精子の凍結保存 施設により技術の高低に大差あり」)でも述べた通り、凍結保護剤を細胞に浸透させますが、これは体積が大きいほど不利になります。

 また、未受精卵の凍結保存で最も大きい問題は、卵子内にある「表層顆粒」と呼ばれる特殊な小器官が凍結融解の過程で壊れてしまうことです。この表層顆粒は、受精に際して精子が1匹卵子に侵入すると、2匹目は入ることができないようにする重要な役割を果たします。従って、凍結した未受精卵を融解して精子と受精させるときは、顕微授精が必須となります。

 2つ目の問題は、未受精卵をどのように採取するかです。先ほども申しましたが、凍結保存しておいた卵子で妊娠する確率は1%あるかないか。しかも、うまく妊娠できるのが1個目の卵子なのか100個目の卵子なのかも分からないため、妊娠の可能性を上げるためにはたくさんの未受精卵を凍結保存しておく必要が生じます。ヒトが一度に排卵する卵子の数は、生理的には1個。ホルモンを注射して卵巣の中でたくさんの卵子を育てようとしても、最大で10個程度です。毎月採取することはできないため、100個の卵子を得るためには、3年以上かかることになります。

 3つ目は、実は非常に重要なのにもかかわらず、なかなか話題として取り上げられることがない問題です。それは、未婚者が未受精卵を凍結保存する際、その時点ではまだ、将来その女性の夫になる男性が決まっていないという点です。配偶者がいて、現時点ではまだ妊娠できないというときは、夫の精子で受精した胚を凍結すればいいわけです。今や不妊原因の約半数は男性側が占めますので、将来結婚した男性が、精子形成障害による男性不妊である確率は決して低くはありません。この場合、妊娠する確率はさらに低下します。