思い出したように叫ばれる「未来の食糧危機」
「小さいころ、おイモしか食べられないときがあったって、おばあちゃんがいってた」
「戦争のころの話だね。今みたいに毎日お腹いっぱい食べられるのは、それだけで幸せなんだ」
「またご飯を食べられなくなる時代が来たら、イヤだな」
「未来のことはわからないけど、心配しなくても大丈夫。だからって食べ物を粗末にしちゃダメだよ」
まず再認識しておきたいのは、一日3食食べるのが当たり前の幸福な食生活は、人類史的に言えば「つい最近」始まったばかりだということ。王様や貴族のような特権階級は別として、大多数を占める一般庶民(=農民)は、ほんの数百(あるいは数十?)年前まで飢餓の恐怖と背中合わせでした。日本人も例外ではありません。江戸時代には何度も飢饉が起きましたし、私達の親かその親の世代は、戦中戦後の食糧不足を体験しています。人類のDNAには間違いなく、長年にわたる飢餓の記憶が刻まれているのです。
そういうことも影響してか、しばしば世間をにぎわすのが来たるべき食糧危機を警告する声。川島さんは、忘れたころに叫ばれるそんな「将来の食糧危機」説に疑問を投げかける学者の一人です。
「農林水産省の研究員として、私がこの分野の研究を始めたのは1990年代の初めでした。当時は私も食糧危機説をどこかでうのみにしていたのですが、食糧問題を取り囲む経済や工業、人口などのデータを分析し海外の情勢も見て回るうちに、事実はどうも違うということが見えてきたのです」(川島さん。以下同様)
農業問題の専門家の多くが農業という枠の中で研究しているのに対して、川島さんの持ち味は経済をはじめ幅広い関連分野の知見を総合するシステム分析という手法を用いること。社会全体における農業を多角的に検証した結果としてのその主張には、多くの専門家が一目置いています。