大声で助けを呼ばない、手は上げない

──逆に、してはいけないことはありますか。

 手を上げて、大声で助けを呼んではいけません。これは大切なことなので、日ごろからお子さんによく話しておいてください。

──ええっ、助けを呼んではいけないのですか!

 はい。確かにこれまでは、「溺れたときは手を上げて、大声を出して助けを呼ぶ」というのが常識でした。しかしこれは、実際は全く逆なんです。こんなことをしたら、せっかく浮いていても溺れてしまいます。

 要は比重の問題で、水の比重は1.0、人間は空気を吸うと0.98。つまり、人は水より0.02軽いので、体の2%の部分は浮いて水面に出るのです。しかし手を上げると、その手が水面に出て浮く2%部分になり、残りの部分、つまり頭から下は水の下に沈んでしまいます。さらに「助けて!」と声を出すと、肺から空気が抜けて、体の比重が1.03となり水より重くなってしまいます。その場合も、体が水の中に沈んでしまいます。

 「浮いて待て」を実践すれば、全員が助かるとは限りません。しかし大切なのは、助かる可能性を上げていくということ。「浮いて待て」は、助かるための十分条件ではありませんが、必要条件であることは間違いありません。お子さんの命を助けるために、ぜひご家庭で「浮いて待て」の練習を行ってください。

※「浮いて待て」に関心がある方は、こちらもご覧ください。
「浮いて待て!」を推奨する一般社団法人水難学会

 最後に昨年、『子どもの海水浴事故、大きな原因は「親」?』でアドバイスをいただいた海上保安庁の松浦あずささんにも、海の危険についてお話をうかがいます。松浦さんは「溺れた後にどう対応するかということも大切ですが、お子さんを溺れさせないためにはどうすればいいかということを知っておくことも、とても大切です」とアドバイスします。溺れさせないためには何に気をつければいいのでしょうか。

 まず、海で遊ぶときは、決してお子さんから目を離さないことです。

 人が溺れるときは、呼吸ができなくなっているのだから「助けて」なんて声は出せません。「近くにいれば分かるでしょう」と思っている人が多いようですが、目で見ていないと気づきません。多くの水難事故で、ご家族の方は「ちょっと目を離していた隙に」と言います。お子さんのピンチを見逃さないよう、決してお子さんから目を離さないように気を付けてください。

 夏休みの思い出に、スマホで写真や動画を撮る人も多いと思いますが、ファインダーをのぞいていると、周囲の状況に気づきにくくなります。100回に1回は大きな波(1.5倍程度)が、1000回に1回はもっと大きな波(2倍程度)が押し寄せます。波打ち際で遊んでいる子どもを撮っているとき、大きな波がやってきて子どもをさらっていくということも十分あり得ます。周囲の状況に十分注意しながら撮影するように心がけてください。

 それと、海や川ではお酒を飲まないようにしてください。「自分は泳がないからいいだろう」と思うかもしれません。しかし、お子さんが溺れてしまったとき、親が酔っていると適切な判断ができなくなります。お子さんの命を守るためにも、お酒は我慢してください。

 お子さんが溺れたときは、必ず救助を呼んでください。お子さんを助けたいという気持ちはよく分かりますが、子どもを助けに行って親も溺れてしまう事故は多く発生しています。親が溺れてしまっては、子どもを助けることはできません。確実にお子さんの命を助けるために、自分が行くのではなく、救助を呼ぶということを覚えておいてください。

(取材・文/井上真花 写真/大橋宏明 イラスト/三井俊之)