バリバリ働いているけど料理が大好きなサラリーマンが描きたかった

―― 『クッキングパパ』の連載が始まった1985年は、男女雇用機会均等法が制定された年でもあります。これは偶然なんでしょうか?

うえやま はい、偶然ですね。あとで知って、「ああ、そうなんだ」と思ったぐらいで。

―― 85年はバブル前夜とも言われていますが、まだまだ日本中に「女は家を守るべき」という考え方が強かったと思います。連載開始の頃の読者の反応、反響はいかがでしたか?

うえやま 連載開始の頃は、僕もド新人で無我夢中で描いていたから(あまり聞こえてこなかった)。最初、新人賞で準入選になった『クッキングパパ』は別のキャラクターが主人公の作品だったんです。絵描きが主人公なんですよ。こんなキャラクターですが(と、絵を見せる)。

―― どことなく先生と似た風貌ですね。

うえやま そのまんまだと言われます(笑)。これが少しばかり反響があったので、「2回ばかり描いてみませんか?」と言われたのが始まり。2回描いているうちに「もう1回描きます?」と言われて、3回終わったところで「ご苦労さん」と言われたので、これで終わったのかと思ったら、翌日「もう少しやってみましょうか」と電話があって、それからずーっと続いてます。反響はあったみたいで、10話目で巻頭カラーになりました。

―― もともと絵描きだった主人公をサラリーマンに変えたのはどのような理由でしょう?

うえやま これは編集長の一声ですね。「サラリーマンにしてください!」と。かなり試行錯誤して、一番料理しそうにない、ゴリラみたいな顔にしちゃえ、と思いまして今の顔になりました(笑)。

―― そこで「サラリーマンが日曜日に楽しく趣味で料理をする」という漫画にならなかったのは、なぜなんでしょう?

うえやま その路線は、僕は全否定だったのね。主人公は料理が大好きで、とにかく毎日料理をする漫画にしたかった。時代が時代だったので、担当編集さんも(主人公が)単身赴任していたり、奥さんが病気で料理が作れないという設定にしたほうが読者の納得が得られると言ってくれたのですが、「いや、そういうのはやめよう」と。「この人は料理を作るのが大好きなんだ。それだけで行きたい」と言ったら、担当さんも「わかった、それで行こう」と言ってくれたんです。このとき、だいたい骨組みができました。「事件は起きない。エッチはない漫画」って(笑)。

―― やっぱり当時は会社でバリバリ働いているサラリーマンが家族のために料理を作るということが、理解されにくい風潮があったんですね。

うえやま だから最初、漫画の中で荒岩は会社の同僚に料理好きだということを隠していました。「そこで買ってきた」とか「ウチの女房がつくった」とか言っている。だから、荒岩は料理を出世の道具に使っていないんです。料理の腕前はプロ級だけど、上司を接待するために使ったりしない。そういうところも良かったですね。

―― 『クッキングパパ』の連載が始まった頃の『モーニング』といえば、弘兼憲史さんの『課長島耕作』が大ヒットしていました。まさに荒岩と真逆のキャラクターでしたね。

うえやま いつも楽しく読ませていただいていました。たしかに対極にあるようなキャラクターですね。荒岩はやっと課長になりました(笑)。

―― 「イクメンは出世しない」というような発言を最近どこかで耳にしましたが……(笑)。

うえやま イクボスという言葉は今日初めて知りましたが、みなさん、イクボスにならなきゃいけないですね。

―― イクメン、イクボスの先がけである荒岩のような人物が求められる時代になるとはお考えでしたか?

うえやま いや、ぜんぜん。女の人がこうまで強くなるとは思っていませんでした。バリバリ働いて、バリバリ飲んでますからね。でも、やっぱり世の中、昔とあまり変わっていない部分も多いと思います。もっと変わって、男の人も女の人も楽しい時代になればいい。育児にしても、自分で作ったんだから男だって責任持たないと、って思いますよ。ただ、いろいろなパターンがあるから一概には言えないですよね

―― それこそ、夫婦がそれぞれの形を探していったほうがいいんですね。

うえやま そういうことですね。

後編「家族がおいしそうに食べる料理の秘訣」に続きます。

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(取材・文/大山くまお 写真/中川真理子)