お母さんは仕事が大好きで、子どもはそんなお母さんが大好き。そういう家族を描きたかった

―― 『クッキングパパ』は荒岩だけでなく、荒岩一家の家族像そのものが当時としてはユニークだったと思います。妻・虹子は地方新聞社の文化部に勤務しており、ものすごく多忙で、お酒が大好きで、料理はからっきし。息子のまことはまだ小学校低学年で、祖父母は隣近所に住んでおらず、育児面で頼ることがあまりない。こうした家族像が当時のフィクションで描かれることは珍しかったと思います。

うえやま そう言われれば(笑)。『クッキングパパ』は核家族ですね。昔の言い方だと、荒岩の子どもは「鍵っ子」なんです。両親が共働きで、とても寂しい想いをしているかもしれない。でも、そういう描き方はしたくなかった。お父さんもお母さんも大好きなことをしている。特にお母さんは自分の仕事が大好きで、子どもたちもそういうお母さんが大好き。そういう描き方をしたいな、と思っていました。個人個人が充実していなきゃ、という思いがあるんです

クッキングパパの荒岩一家。妻の虹子は地方新聞の記者をしている。「お父さんもお母さんも大好きなことをしている。特にお母さんは自分の仕事が大好きで、子どもたちもそういうお母さんが大好き。そういう描き方をしたいな、と思っていました」(©うえやまとち/講談社)
クッキングパパの荒岩一家。妻の虹子は地方新聞の記者をしている。「お父さんもお母さんも大好きなことをしている。特にお母さんは自分の仕事が大好きで、子どもたちもそういうお母さんが大好き。そういう描き方をしたいな、と思っていました」(©うえやまとち/講談社)

―― 自分が好きなことを一生懸命やっていれば、家族は幸せになる、ということでしょうか?

うえやま はい、そういうテーマになりますね。やっぱり、楽しさということを考えたら、(夫と妻の)どちらかが我慢しているという状態は楽しくないじゃないですか。どっちかが我慢して犠牲になっているようなことは、漫画の中でやりたくなかった。現実はなかなかうまくいかないだろうけど、漫画では家族みんなが楽しくやっている姿を描ければいいな、と思っていました。

―― キーワードは「楽しさ」ということなんですね。

うえやま そうです。虹子さんが仕事をしているのはお金を稼ぐためでもありますが、自分の生きがいや楽しさのために文化部の仕事をしている。そのへんは前面に打ち出しています

―― 『クッキングパパ』の中にも、働く女性に対して「女は家のことをするべきだ」という意味合いの言葉をかける人たちが何度となく出てきます。ごく初期でも荒岩一家に対してそのような言葉が向けられるのですが、実は最新刊の132巻にも出ていて驚きました(「COOK.1287 一人五合五平もち」)。夫が育児をする部下夫婦に対して、荒岩は「いろんな形があっていいんじゃないか それが二人にとって一番自然ならいいんじゃないか」と助言を贈っています。世の中は変わったようで、案外変わっていないんだとも思いました。

うえやま 少し変わった部分といえば、今は旦那のほうが育児休暇をとっているところですね。132巻では、奥さんが「女性は家にいるべきだ」という言葉を聞いて、考え込んでしまうエピソードがありますが、そういえば2巻でも描いたなぁ(笑)。荒岩が「今 我が家はこれが一番いい型なんです」と言うんだよね。

―― 2巻のときは、酔って帰ってきた虹子さんに、虹子さんのお父さんが怒っていました(「COCK.13 コーヒー好きの人にちょっといいお酒」)。『クッキングパパ』は同じメッセージを伝え続けているんですね。

うえやま 当時、読者の女の人から「女性が酔って帰ってくるとは何事か」というおしかりの投書がありましたよ。そういう時代でもありました。