4歳の息子さんがいるママであり、第2子を妊娠中でもある作家・辻村深月さん。デビュー作『冷たい校舎の時は止まる』を皮切りに、10代の心を繊細に捉えた青春小説を多く執筆。『ゼロ、ハチ、ゼロ、ナナ。』や『鍵のない夢を見る』では、30歳前後の揺れる女心をあぶり出し”アラサー女子の代弁者“とも絶賛されました。「背伸びした感情は書きたくない」と、自身の身を通して実感できることを言葉に込めてきた辻村さん。「自分の引き出しがどんどん広がっていく感じがある」との言葉通り、産後も執筆の勢いは増すばかりです。
最新長編『朝が来る』では、不妊治療を経て特別養子縁組の道を選んだ女性と、子を手放さなければならなかった女性という、2人の母の葛藤を描いています。ご自身の出産と育児を経てたどり着いた境地とも言える『朝が来る』について、育児と仕事の両立について聞きました。
出産直前も帰省した実家で打ち合わせ
―― 11年に第1子を出産され、『鍵のない夢を見る』で直木賞を受賞したのが12年。その後、今に至るまで毎年、小説をコンスタントに発表されています。そもそも、産休や育休はどういう形で過ごされたのですか?
全く取ってないんです、産休も育休も。
―― えぇ!? できるものですか?
里帰り出産をしたので母親も近くにいたし、一緒に仕事をしている編集者にも子育てしている人が多かったこともあってか、周囲に助けてもらえる環境だったからかもしれません。
ちょうど雑誌連載は一段落していた時期だったこともありますが、単行本や文庫の刊行予定は決まっていて。実家の山梨に、毎週のように各社の編集者が来てくれていました。畑に囲まれた田舎のファミレスで打ち合わせしたり(笑)。
陣痛が始まったとき、痛みの間隔が5分になったから産院に行ったんですね。それが、着いたら痛みが遠のいたので、1度自宅に戻ったら、母が届いたばかりのゲラ(校正刷り)を私のところに持ってきて。痛みでうずくまる私の横で「こんなときでも仕事はあるね~」と、のんきそうに笑っていました。
―― 本当にギリギリまで! では、産後は引き続き、ゲラになった小説の修正を?
それだけじゃなくて。出産したのが7月で、一番早い締め切りが9月でした。産後すぐ、『鍵のない夢を見る』に収めている短編の最終話「君本家の誘拐」に取り掛かっていました。
―― すごい…。
「いつ産んでいたんですか?」と年賀状で出産を知り、驚いてくれる人もいたくらいでした(笑)。
私自身は、無理したわけではなくて、産後すぐのタイミングだったからこそ、取り逃さずに書けた、という気持ちでした。「君本家の誘拐」は、赤ちゃんを連れてショッピングセンターに行ったお母さんがベビーカーを見失う話です。出産前の段階では、実は母親が子を虐待する話にするつもりでした。
私は子育てについて、「子どもが生まれて自由がなくなった」「育児は大変」といったネガティブな情報のほうを多く取り込んでいて。「虐待をしてしまう母親の気持ちは自分も母親になればきっと分かるだろう」と、それまではこの話に手を付けずにいました。産んでから書きます、と。
ところが出産してみたら、予想に反して、育児は大変だけどその分楽しいこともすごく多かった。虐待する気持ちがさらに遠のいてしまう感覚がありました。