母親になって直後に抱いた「危うさ」から着想

 虐待となるとすごく特別なことのように思えるけど、例えば、赤ちゃんをお風呂に入れていて手を滑らせてしまいそうになるとか、一瞬目を離したらいなくなっていたとか。自分のふとした何かで子どもを見失ってしまうことがあるんじゃないか。そんな危うさや不安は私にもありましたし、多くのお母さん達もそれはきっとそうだろうと。「虐待」のような事件より、そうした不安と隣り合わせの日々を描きたいと内容を変えました。あの時期に出産をしなければ、「君本家の誘拐」は全然違う話になったと思っています。

―― そうやって、産前産後で向き合われた『鍵のない夢を見る』で直木賞を受賞されたとは感慨深いですね。

 直木賞を頂いたときに思ったのは、出産前後の時期でもお仕事があったのはとてもありがたかったということ。「こんな時期にお願いするのは申し訳ない…」と胸を痛めながらも依頼してくれた編集者の存在に感謝しています。常に締め切りがある状態だったからこそ、仕事復帰のタイミングも迷わずに済んだし、今の形で育児と仕事を両立していくこともできました。

この子ががんばる時間をもらって仕事をしている

―― お子さんは、すぐに保育園へ通われたのですか?

 7月に生まれ、翌年の4月に入園しました。それまでの期間は、友人に紹介してもらったシッターさんが見てくれていました。執筆の間は私が仕事部屋に行き、別の部屋で子どもを預かってもらう方法で。ただ、どうしても集中しなければいけないときは、出版社の会議室を借りて書いていましたね。

―― 育児との両立はスムーズにいきましたか?

 保育園に通うようになった最初の1カ月は、ストライキのようにごはんを食べなくなりました。迎えに行くと、怒ったように泣かれて胸が痛んだことも。

 ただ、そのときも園の先生達から「大丈夫! おなかがすけば食べるから」と力強く励ましてもらって、どうにか乗り切ることができました。私が仕事をする時間は、子どもが保育園で先生達と一緒にがんばってつくってくれている時間をもらい成り立っているんだと思い知りました。