返し過ぎてませんか? 年収が高くても繰り上げ返済は危険

 「とにかく繰り上げ返済をしなければいけない、できるだけ早く、できるだけ多く……」。これは「頭金をたくさん入れなければいけない」という思い込みと並んで、住宅ローンの返済で危険な行為の一つです。安野さまご夫婦(仮名)の事例で解説します。世帯年収は非常に高いのですが、これだけ収入があっても繰り上げ返済で破たんする可能性がある点に注目してください。

 安野さまご夫婦は2歳と4歳のお子さまがいて、奥さまは外資系企業にお勤めで年収1400万円、旦那さまも年収800万円と収入が非常に高いご夫婦でした。

 ところが、家を買い替えて引き渡しを受けた翌日に東日本大震災が発生、近所に放射線量の高いホットスポットができました。そのためお子さまが小さいこともあり、住み替えをあきらめざるを得ませんでした。

 結局、1軒目は夫婦のペアローンが残ったまま。新しく買った2軒目は旦那さまがローンを組み、住宅ローンが3つもある状況です。住んでいない新しい家は不幸中の幸いで借り手がつきましたので、ローンの返済は問題ありません。ただ、この経験から「住宅ローンは怖い」と考えて繰り上げ返済を積極的に行ったため、貯金は600万円と収入に対してかなり少なめです。安野さまご夫婦は今後も繰り上げ返済を継続する意向でしたが、私は「やめるべき」とアドバイスをしました

中嶋(以下、中)「現在は繰り上げ返済を明らかにやり過ぎです。例えば今お住まいの家のローン残高は880万円ですが、もし繰り上げ返済を全くやっていなくて、ローン残高は2880万円だけどその分貯金が今より2000万円多い……という状況だったらどうですか? 手元の貯金が多くて安心だと思いませんか?」

「どうなんでしょう? それだと利息の支払いがもったいないと思うんですが……」

「ポイントはまさにそこなんですね。繰り上げ返済をすれば利息負担は少なくなります。それは間違いありません。ただその分、手元の貯金は減りますよね。これは損得と資金繰りは両立しない、ということです。資金繰りというのは手元の資金が豊富にあって支払いに困らない状態です。今、安野さまのお宅で損得と資金繰りのどちらを優先すべきかというと、これは確実に資金繰りです

「どうしてでしょう?」

「先ほど奥さまから『外資系は急な失職というリスクと背中合わせです』と伺いましたが、奥さまの失職と貸し家の入居者の退去が同時に発生した場合、今の貯金では数年で底を突いて生活費の支払いが滞りかねません。なので、今は繰り上げ返済をせずに失業などのリスクを吸収できるだけの貯金を確保すべき時期です。結果的に利息負担は増えますが、それはリスクを避けるためのコストだと思ってください
 今一番のリスクは奥さまの収入減です。先ほど伺った話では奥さま自身がかなりもらっているとお考えの一方で、収入が半減する可能性もあると。つまり収入は上にも下にも動く、まさにリスクがある状態なわけですよね。大変失礼な言い方になりますが、今はそのリスクがかなり良いほうに振れていると言えませんか?」

「おっしゃる通りだと思います。給料は自分でも高いと思います」

「かなり余裕があると思っていましたけど、そうでもないということですか?」

今は余裕があっても、それがずっと続くかどうかは別の話です。奥さまの収入減少を仮に50%減と見積もれば、マイナス700万円です。これだけで毎年の貯金額と同じです。加えて2軒目の家が空き家になればローンの返済だけで月に12万円、年に144万円のマイナスです。奥さまはリスクがあるから繰り上げ返済をする、とおっしゃっていましたが、お二人の場合は逆に、リスクを抑えるために繰り上げ返済はしないほうがいいんです

 第3章で説明した「バッファー」で考えると分かりやすいのですが、奥さまの収入1400万円が半減すれば年間500万円から700万円はたまるという貯金はゼロになり、空室リスクもあります。将来的に子育て費用が増えれば赤字額はもっと拡大します。このときに貯金が600万円では、赤字額に対してあまりに不安です。つまりこのご夫婦がやるべきことは繰り上げ返済ではなく、貯金を増やすことだと言えるわけです。

 将来の返済リスクを減らすための繰り上げ返済のつもりが、やり過ぎることによってかえってリスクを増やしてしまう……これは多くの人にとって盲点です。損得の基準しかなければ、とにかく得をする行動をしようということになってしまいますが、リスクの観点で繰り上げ返済を見ると資金繰りの悪化というデメリットが見えます。

【ポイント】
 将来の収入減・支出増の波を乗り越えるには、貯金は生命線です。繰り上げ返済は得であっても手元の貯金が減ってリスクが増えます。

急いでもあまり得しない、繰り上げ返済は先送りしてもいい

 繰り上げ返済のやり過ぎで家計が破たんするリスクが増えてしまう、と聞いても「それでも利息が減るならばできるだけ繰り上げ返済をしたい」という人もいると思います。では繰り上げ返済を早く行うことのメリットはどれくらいあるのでしょうか……

この続きはぜひ、本を購入してお読みいただければと思います。本書では他にも「子どもの教育費」「仕事のセーブ」「家計の管理」「保険の見直し」などの話題が満載。ぜひご一読いただただければ幸いです。

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(中嶋よしふみ著/日経BP社)
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(日経DUAL編集部)