絵コンテがキャリアを築く足がかりに

羽生 大学を卒業してからの就職については、すでにイメージされていたんでしょうか?

行正 地元で英語教師になることを目標に留学しましたが、大学に進んだ時点で親からは「もう福岡に帰ってくることはないからね。好きな仕事を見つけなさい」と言われていました。大学院に進学するつもりでしたが、学費がないのでとりあえず働こうと。

 それで就職活動のために帰国したのですが、友達もいないし、インターネットはないしで、就職活動が何たるかを一切知りませんでした。就職先のあてもないから父に聞くと、「東京にあるデンツウという会社が面白そうだ」と教えてくれました。「デンツウってどう書くの?」「電気が通る、って書く」「わかった。104で聞いて電話してみる。ピッポッパ」。

羽生 まさか…! 

行正 ホント(笑)。新卒採用の時期でも何でもなかったんですけど、たまたま国際人材の獲得を強化しているタイミングだったのでしょうね。電話に出た人事部の方が会ってくださることになって。今考えるとあり得ないのですが、面接に紺のスーツを着ていくという常識すら知らないから、一張羅のシマシマのワンピースを着て、お財布だけポケットに入れて「こんにちは」って。

羽生 シマシマですか。

行正 履歴書も持参していなかったから、その場で用紙をいただいて書き方を教えていただきました。ところが、長い留学生活で漢字をサッパリ忘れていて誤字だらけ。ホワイトで消して、もう一枚書き直して、写真も電通の社内で撮って…。そんな変わった私を、面白いと思ってくださったみたいで採用していただいたんです。

羽生 すごいお話ですね。広告の仕事にはご興味があったんですか?

行正 まったく知りませんでした。勉強漬けでテレビも観ていなかったので、広告制作って何?という感じです。大学でペーパーの読み書きばかりしていたので、「何かを書いたり作ったりする仕事はやりたくありません」と申し出ました。

羽生 電通に入ってコピーライティングを拒否する方って珍しいですよね、きっと。

行正 かえって面白がられてしまってクリエイティブ局に(笑)。配属後も「漢字は忘れたので何も書けません」って訴えていたら「なら絵コンテで行け」と。たしかに、映画が好きだったから、シーンのカット割りはできたんです。それで映像制作が持ち場となって、だんだんと専門になっていきました。普通はコピーの修業から始まるのですが、私の場合は絵コンテがキャリアを築く足がかりになったんですね。そのうち、英語ができるということで海外向けの映像制作を担当するようになりました。(後編に続く)

(取材・文/宮本恵理子 写真/鈴木愛子)